Arbre / 哲学の樹

思考のパルティータ 13: 〈歴史の真理〉に向かって (13) ――メタ哲学としての佛教の可能性☆1  小林康夫

もし「哲学」が「人間の真理」をたずね求めるものであるとするならば、「哲学」の限界を問い直し、その限界を突破しようとする「メタ哲学」の問いかけは、人間が生き延びるというただそれだけのためにすら、もはや人間が人間自身の「力」あるいは人間自身が開発し、組織した、資本、権力、あるいはテクノロジーという「諸力」を「制限し」なくてはならないことが日に日に明らかになってきている今日において、緊急の問いかけであると思われます。

人間の文化が、すでに人間自身にとっての「自然」そのものを脅かす段階に達した「時代」においては、人間の「意味」はもはや「人間」の内在性のうちにのみ希求されるわけにはいきません。

人間の「意味」の探求はすでに、人間とその環境を劇的に改変するにまで至っており、ときには破壊的ですらある「意味」の外在的な組織そのものを問うことが今日、どうしても不可欠だからです。
 

しかしそのことは同時に、「考える」という人間のもっとも内在的な活動に根拠を置く「哲学」の存在基盤そのものが脅かされているということでもあります。

科学と技術と資本のこの強固な結びつきが全世界を覆いつくしているようにも思えるこの危機の時代にあって、はたして「わたしは考える」という「哲学」の不可侵の公理はあいかわらず堅固なものなのでしょうか(もちろん、無意識を定式化したあのランボーの「ひとが考える」をも含みこんだ「わたしは考える」であることは言うまでもありません)。

「わたしは考える」というこの個別的内在性のうちに、なんらかの仕方で真理という普遍性が宿るという哲学の根源的な機制はいまだに有効なのでしょうか。それともわれわれのこの時代においては、そうした哲学の限界そのものこそが問われなければならないのでしょうか。
 

「メタ哲学」という問題設定は、哲学の限界にかかわるそうしたすべての問いを起動させるものだと思います。

グローバライゼーションという時代にふさわしく、地球を半周しながらこの場所にやってきた者として、われわれの文化的な歴史性から出発しつつ、しかし言うまでもなく、それを超えて、この同じ「メタ哲学」の問いを、今日、われわれはどのように問うのか――それを論じるというよりは実演することで、みなさんとの討議の場を開きたいと思います。
 

いまからおよそ100年以上も前に、日本は、西欧から、「哲学」を輸入し、それを移植しました。

そのために、多くの哲学的な用語を新たに翻訳し、新語を作りだしました。

それらの言葉はすでにもはやわれわれの言語と思考の完全な一部となっています。
 

その後、日本の哲学者たちは、西欧の哲学をみずからの固有の文化伝統に接ぎ木し、根づかせようとしてきたわけですが、多くの場合に、それは、西欧哲学の思考と佛教の人間理解、世界理解の思考とを、つき合わせ、出会わせ、そして融合させるという仕方をとってきました。

すなわち、西欧哲学の精緻な思考のシステムに拮抗しうるものとして、近代の日本の哲学者たちがみずからの文化伝統のなかに見出したものが佛教であったわけで、そこからある意味では、佛教と西欧哲学との「結婚」(対決・対話・結合・相互浸透等々)という大きな歴史的なプログラムが開始されたと言えるでしょう。

西田幾多郎、田辺元、西谷啓治、……いわゆる「京都学派」と呼ばれる哲学者たちの仕事は、西欧の哲学の傍流というよりは、ひとつの新たな「一時代」を画するということができる歴史的な重要性をもっており、実際、現在でも、世界的な注目を集めつづけています。
 

このプログラムは、しかし終わったというわけではありません。

哲学のプログラムに終りがあるのかどうかすら疑わしいと言わなければなりませんが、日本・日本語という文化環境のなかで「哲学」を実践するということになると、佛教という名のもとに積み重ねられてきた人間についての思考と実践の蓄積を、西欧的な哲学の言説と相互干渉させるという誘惑、いや、単なる誘惑ではなく、ある種の「使命」はつねについてまわります。

しかも、今日においては、それは、ただ単に西欧文化をみずからの固有の文化のなかに取り込むためのものというよりは、より積極的に、哲学の「限界」を問題にするためという方向においてこのプログラムを動かす意味があると思われます。

すなわち、もし哲学に「限界」があるとするならば、その「限界」を佛教の経験が照らし出すことができるのではないか。

そしてそうした限界の照らし出しは、今日のこの一般化された「人間の危機」に対して、ある「光」をもたらすものではないか。
 

こうして、わたしは、たとえば西田幾多郎における哲学と佛教の関係について論じることもできたのかもしれないのですが、そのような哲学史の研究ではなく、また、佛教の研究でもなく、むしろ「人間の危機」に直面している現代のひとりの「哲学者」として、哲学と佛教とのあいだに差し込むかもしれない一筋の希望の「光」について、直接に、語ってみたいと思います。
 

佛教は、そのもっとも原初的な形においては、けっしていわゆる「宗教」ではありませんでした。

二千数百年という長い時間にわたるその展開を通じて、あるいは、さまざまな神話的な世界観と結合して、あるいはさまざまな神格化や儀礼化を通じて、「宗教化」されていくのだとしても、その起源、つまりゴータマ・シッダールタの経験においては、けっして「宗教」ではなかった。

もし「宗教」すなわち「re-ligio」が原義的に「(再)結合」を意味するとすれば、佛教の教えの本旨は、むしろ逆に、あらゆる「結合」の解体にこそあったように思われます。
 

実際、現在残されているテクスト・アーカイヴのなかでももっともゴータマ、いや、ブッダの肉声に近いと考えられている『スッタニパータ』をはじめとする経典には、ブッダがある意味では繰り返し、ただひとつのことを説きつづけていることが浮かび上がってきます。
 

たとえば、「ウダヤさんがたずねた。『瞑想に入って坐し、塵垢を離れ、為すべきことを為しおえ、煩悩の汚れなく、一切の事物の彼岸に達せられた師におたずねするために、ここに来ました。無明を破ること、正しい理解による解脱、を説いてください。』師(ブッダ)は答えた。『ウダヤよ。愛欲と憂いとの両者を捨て去ること、沈んだ気持ちを除くこと、悔恨をやめること。平静な心がまえと念いの清らかさ、――それらは真理に関する思索にもとづいて起こるものであるが、――これが、無明を破ること、正しい理解による解脱、であると、わたしは説く。」
 

あるいは、もうひとつ。

「『どのようによく気をつけて行なっている人の識別作用が、止滅するのですか? それを先生におたずねするためにわたくしはやってきたのです。あなたのそのお言葉をお聞きしたいのです。』『内面的にも外面的にも感覚的感受を喜ばない人、このように気をつけて行なっている人、の識別作用が止滅するのである。』」
 

これらの短い引用からも、ゴータマ・ブッダの教えの核心が、なによりも実存というわれわれの根本的な世界内存在のあり方からの脱出であったことは明白です。

ゴータマの教えにおいては、実存はなによりも本質的に「苦」の構造を備えています。

実存は苦なのです。

その苦から解脱する道(方法)があることを教える――すべてはそこに帰着します。
 

しかし、実は、この道は困難です。

ほとんどアポリアというべきであるほど困難です。

なぜなら、そこで問題になっていることは、なによりも人間の実存が備えているさまざまな作用を「停止」させることだからです。

身体の作用を止め、心の作用を止め、感情の働きを捨て、識別作用すらをも中断させる。

なにかを行なうのではなく、むしろ「行なわないこと」を行なう。

非・実践を実践するということです。

それは、人間が世界において人間であるようなあり方の一切を捨てることでもあります。

その意味で、ブッダの教えは非人間的ですらあるのです。
 

だが、この教えは、同時に、人間にとってのもうひとつの「終り=目的」、つまり単なる死という実存の終りとは異なる「終り=目的」、生死を離れた「終り=目的」を開示します。

つまり、もうひとつの「人間」を提示すると言うこともできるでしょう。

一般的に、宗教と呼ばれるものは、なんらかの仕方で、個別の人間の生死を超えた存在=ロゴスと結ばれています。

しかし、ブッダの教えは、そのような超越的な存在=神=ロゴスをまったく仮設していません。

ブッダの教えは、あくまでもかれ自身の経験から出発して、人間が人間のままで、しかし人間の根本的な存在機制を解脱することができると示すものなのです。
 

ブッダは言います。

「つねによく気をつけ、自我に固執する見解をうち破って、世界を空なりと観ぜよ。そうすれば、死を乗り超えることができるであろう。」
 

実存はあらゆる種類の固執の構造として現われてきています。

固執を通して、自我は世界をみずからにとっての意味あるものとして構成します。

しかし、その自我もまた、実は、構成されたものなのです。

自我も世界も、どちらも固執を通して、構成されたものであると「観する」――それが「空」なのです。

すなわち、空は、それ自体が存在したり、存在しなかったりするのではない。

それは、さまざまな実存的作用を停止させるという非・実践の実践を通じてはじめて、存在と非存在という識別から離れたものとして、非・現前してくるのです。

「そうすれば」――と言うだけで、実はここではブッダはその根拠を示してはいないのですが、同様に、生と死という実存にとっての根本的な識別を「乗り超えることができるであろう」。

つまり、生でも非生(死)でもない、そうした区別に拘泥しない存在が――それがどのようなものであるのか、そこに辿り着いたブッダ以外の誰にもわからないのですが――可能となるのだ、というわけです。
 

こうしてブッダの教えの核心には、つねに、意味を宙吊りにする実践――もっとも厳密に解釈された現象学的な「エポケー」にほとんど匹敵するような判断や表象の停止――があります。

それは、人間にとっての世界構成的な意味の彼岸があること、そこに到達する、非実践的な実践の「道」があることを示しているのです。

意味という言葉の意味をどのように考えるべきなのかはなかなか難しい問題なわけですが、しかしそれをどのように了解するにしても、識別ないし区別なしには不可能であることは確かでしょう。

ブッダは、われわれの実存という意味の構成の機構そのものを通して、しかし意味には還元されえないもの、意味から離脱した存在の道があることを教えているのです。
 

言うまでもなく、このようなブッダの言明が真であるか偽であるかと問うことは無意味です。

ブッダは、ただみずからの経験から出発して、ひとつの道を案内しているだけであり、その言明の真の「意味」は、その言葉を信じて同じ道を歩む者がみずから経験することのうちにしかないわけです。

ブッダの教えは、行持(exercise)の教えであり、けっして理論的な解明の教えではありません。

それは、それは言葉の意味を了解することに向けて差し出されたものではなく、言葉を通して言葉を、そして意味を、止滅させ、停止させ、そうしてそこから脱するという無為の実践を説くのです。
 

こうしてブッダの教えの核心には、つねにある限界線が走っています――自我と世界の構成の限界、意味と言葉の限界、思考と論理の限界、実存の限界……しかしこれは同時に、――もし哲学というものを単純に真なる命題のシステムなどと考えるのではないとすれば、それをひとつの実践、つまりそれ自体がすでに「メタ哲学」であるようななんらかの実践への呼びかけであると考えるのなら――哲学という実践の核心においても走っている限界線でもあるのではないでしょうか。

すなわち、それは、ブッダの教えと哲学とが、ともに分有する限界線なのではないか。

そこに「メタ哲学」の問いが、ブッダの教えと対話を試みる根拠があるのではないか。
 

(つづく)
 
 

☆1 2008年10月1日~3日までアルゼンチンのバリローチェで「メタ哲学」を主題に哲学のシンポジウムが開かれる。東アジアの文化を代表して発表をするということで佛教を取り上げることにした。英語で行なわれる予定の発表の原テクストを今回と次回にわたって掲載させていただく。このテクストの一部は、『水声通信』第14号に掲載した「佛教の方へ、おそらく」(日付のある哲学)と一部その内容が重なることをおことわりしておきたい。


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