破急風光帖

 

★   日日行行 (130)

2018.01.22

* 昨日、駒場の身体運動演習室で、わざわざそのために来てくださった観客のみなさまを前にして、演劇パフォーマンス「Komaba Square」を上演しました。

 この1年間のIHSのプロジェクト1「生命のかたち」の安藤朋子先生の身体ワークショップの総仕上げです。十数名の学生たちのパフォーマンスに混じって、わたしも、なぜか「高僧」役で出演。駒場で読経をすることになるとは、と予想外の展開に驚きつつ、しかし同時に、駒場を去るにあたって、わたしの存在の隠れた次元のひとつを開いて見せることになったとは、と感慨深いものがありました。
 1時間余りの上演の最後は、カオス。激しい混乱が、空間をつんざくような叫びで中断されると、そこには、見たこともないような恐ろしいカタストロフィーの光景が広がっている。全員がそれを凝視するなか、わたしだけは、それが来ることを知っていた、とひとり遠くを見て動かない。すべてが終って、ひとりずつみな、静かに舞台を去っていく。わたしが鳴らす鈴の音が悲しく。と、そのときひとりの少女が舞台をゆっくりと横切りはじめる。わたしもまた静かに立ち去るのだが、そこに心をゆさぶるわずかな音楽、するとわたしの身体はかすかに揺らぎ、傾ぎ、遠くを横切っていく少女を、それがひとつの「希望」であるかのように振り返って見つめる。廃墟の前を横切っていく少女。その「希望」にすべてを託すように、思いをかけて、わたし自身は、Squareを去っていく。もう振りかえることなく。自分の運命を引き受けてただ立ち去る。すべてはすでにノスタルジア。すでに思いは空白。すでに未練はなく。Adieu! ーーーーそれは、まさしく「生命のかたち」でありました。それが「生命のかたち」でした。
 演出指導をしてくださった安藤朋子さん、素晴らしい音楽をつけてくれた藤田さんに深い感謝。駒場の最後に出会えた心豊かな、共感と知性を備えた学生たちにも。
 観てくださった多くの方から、最後のところで、「泣けた」と言ってもらえました。わたしもまた泣いておりました。なにも語らずに、しかし眼差しと身体とが、言葉以上のもっと深い感情を伝えてくれる、いや、伝えるというのでは足りない、空間に解き放って、それを共有できるものにしてくれる。演劇は魔法です。この魔法をパフォーマンスすることができて、わたしは、ほんとうに、この半世紀、愛し続けた「駒場」を去ることができますね。晴れやかに、Oui!
 (ダンスと演劇ーーーここにこそ、人間にとっての「生命のかたち」の「すべて」があるのです。それこそ、わたしがIHSで試みようとしたプログラムの究極の形であったのです。)

 あ、窓の外は、雪。細かな軽い雪片が舞っています。遠く鐘の音が聞こえます。
 Oui, Merci infiniment.


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