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報告 「世俗化・宗教・国家」セッション7

2008.07.08 羽田正, 世俗化・宗教・国家

 6月30日、「共生のための国際哲学特別研究I」第七回セミナーが開かれた。

 今回は澤江史子『現代トルコの民主政治とイスラーム』(ナカニシヤ出版、2005年)がテキストとして取り上げられ、報告担当者(土肥歩、地域文化研究D2;横田吉昭、超域文化科学D1)による報告と出席者による議論が行なわれた。

 トルコ共和国における世俗主義(laikliki)とイスラーム復興運動の関係およびイスラーム政党の発展がトルコの民主化に与えた影響を論じるにあたり、澤江はまず、西洋近代的な政教関係規範をイスラーム世界などの非西洋世界にアプリオリとして適用することは不当であると述べる。その上で第一部においては現代トルコにおけるイスラーム復興勢力とイスラーム政党を規定する条件および、トルコで最初のイスラーム政党である国民秩序党の理念、支持基盤について検討がなされた。トルコにおいては政治・社会の非宗教化・西洋化を現代文明の証とみなす啓蒙主義思想に基づいて世俗主義体制が確立され、軍部を中心とした勢力により維持・継続されてきた。その一方で、イスラーム復興勢力も、あくまで既存の国民国家の枠内でではあるが、イスラーム的理念に依拠しながらトルコを発展させるという理念の元、政治勢力として発展してきた。この運動に基づいて1970年に結成された最初のイスラーム政党である国民秩序党(のちに国民救済党により後継)は、中小企業や地方の宗教保守層を支持基盤として発展し、世俗主義体制下でもたらされた地域格差、階級格差の是正、宗教教育の拡充、ムスリム諸国との連携を具体的な目標とした。

 第二部、第三部においては、1980年の軍事クーデター以降、政治・経済における自由化という国際潮流の中で世俗主義体制とイスラーム政党がいかにイデオロギーを変化させていったか、その結果両者の対立の構図がどのように変化したのかが明らかにされた。軍事政権は世俗主義を修正し、トルコ民族性とともにイスラームを国民アイデンティティとして位置づけることによって政治・社会の安定を図った。この結果世俗主義体制とイスラームは共存可能な存在となり、1995年の国政選挙における福祉党の議会第一党の地位獲得、1996年の福祉党連立政権へと結びついていくこととなった。また福祉党を引き継いだ美徳党においては「2月28日キャンペーン」を受けて民主主義、自由、人権などを党の主要理念としたため、これ以降トルコのイスラーム政党はこれらの理念と従来通りの発展政策、イスラーム的価値の擁護を組み合わせた綱領を掲げていくこととなった。

 以上の議論から澤江は、トルコにおけるイスラーム政党が反西洋・反近代を強調する立場から、民主化や社会の多様性を擁護する政党へと変化してきたこと、イスラーム政治体制の実現を目指すのではなく、あくまで世俗的政党と共通するプラグマティックな施策を掲げていることを指摘した。

 西洋近代的な分析概念に依拠することなく、地域固有の政治・経済・社会的状況に基づき分析を行なうことを試みた澤江の論は、イスラーム政党の変遷の検討を通じてトルコの政治状況の展開を解明し、現代におけるグローバリズムの拡大にまでも言及する意欲的なものであった。しかしながらこの報告に対し出席者からは、澤江の明らかにした政治状況が、他のイスラーム諸国(エジプト、サウディアラビア)と比較してトルコ固有の現象であったのかとの疑問が提起された。またトルコにおけるイスラーム政党を「イスラーム的」たらしめているものは何なのか、「公正な体制」の実現などのプラグマティックな政治的目標を除いた場合、いかなる宗教的アイデンティティが見いだされるのかといった、「イスラーム政党」の定義に関わる疑問も呈された。

報告者:太田啓子

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