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日本の大学の現在―競争による競争のための競争の減失?

2008.02.15 西山雄二, Humanities News

2004年に国立大学は法人化されたわけだが、2007年度は日本の大学制度にとって新たな節目となる年であった。

まず、2007年度には、国立大学法人を対象に、翌08年度から実施される中期目標の達成度の評価の準備が始まった。2004年、国立大学の法人化とともに、6年周期で実施される中期目標・中期計画の第一期(2004-2009年度)が設定されたわけだが、その実質的な評価が始まるのだ。中期目標・中期計画は5年度目に「大学評価・学位授与機関」(文部科学省が認定した5つの評価機関のうちのひとつ)によって評価されるが、その結果は今後の運営費交付金に反映される。

次に、世界に通用する卓越した研究教育拠点の形成を重点的に支援する「21世紀COEプログラム」(2001年-)の第一期(生命科学、化学・材料科学、情報・電気・電子、人文科学、学際・複合・新領域)が終了し、継続する形で今度は「グローバルCOEプログラム」が開始された。‘Center Of Excellence(卓越した拠点)’の形成を目指すCOEプログラムは、第三者評価に基づく競争原理によって、大学院レベルの人材育成と研究活動をさらに高度な水準で発展させようという事業である。人文系に限ると、21世紀COEは20件、グローバルCOEでは12件の拠点が採択され、より積極的な活動を展開している。私たち「共生のための国際哲学教育研究センター(UTCP)」もそのうちのひとつである。国立大学への交付金が削減されるなか、COEプログラムには毎年総額で350億円程度の予算が集中的に投下され、日本の大学の研究教育活動を牽引する先端的役割を期待される。21世紀COEが終了し、グローバルCOEへと引き継がれる2007年度は、それゆえ、この多額の資金投下の成果や目的が再検討されるべき時期である。

法人化によって国立大学は競争原理のなかに投じられたわけだが、つまり、この2007年度には、大学の評価がいよいよ具体的な形をとり始めたのである。教育や研究を評価し、学科や研究科を評価し、ひいては大学を評価するとはいったいいかなることなのか。さらに、学術教育研究の目標の達成度を交付金に反映させるとはいかなることなのか。たしかに、「大学ランキング」の類はかねてからジャーナリスティックな仕方でおこなわれてきたのだが、今度は、予算獲得をかけて大学は評価を競うわけである。今後、学問をめぐる競争の輪郭がよりいっそう明確になるだろう。

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昨今の雑誌特集をとりあげると、岩波書店の『科学』誌(2007年5月号)は特集「《競争》にさらされる大学―法人化後の評価」を組んだ。40名ほどの寄稿者の口調はさまざまだが、一概に言えるのは、大学教員にとって、大学は法人化以後、必ずしも幸福な場所ではなくなった、ということだ。激増する書類作成業務、交付金の削減による大学運営の窮乏、評価と競争の圧力、理工系的な実学偏重の増大、時間をかける人材育成機能の衰退、新自由主義と連動した企業統治(governance)の論理の浸透……など。誌面からは、大学教員や研究者たちの徒労感がひしひしと伝わってくる。

また、『中央公論』(2008年2月号)では特集「崖っぷち、日本の大学」と題され、学力低下や大学倒産の危機という終末論的な視点から大学の現状が論じられている。

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そして、『週刊 東洋経済』(2007年10月13日)では特集「本当に強い大学」が組まれ、大学ランキングも併載された。なかでも目を引いたのは科学研究費補助金の問題を指摘する竹内淳氏(早稲田大学先進理工学部教授)の文章である。竹内氏はかねてから科研費の不平等性を指摘し続けてきた方で、すでに自身のHP上で問題点を的確にまとめている。

科学研究費補助金日本学術振興会によって実施される公的な研究助成費のことである。個人ないしは共同での独創的・先駆的な研究を助成する「学術科学研究費」、業績の公刊やデータベース化のための「研究成果公開促進費」といった種別がある。毎年、科研費の予算は増額されており、2007年度は1,913億円が投じられている。

(逆に、法人化以後、国立大学の運営費交付金は毎年1%ずつ削減されており、交付金だけで人件費を充当することができない大学がほとんどである。大学は自助努力で「競争的研究資金」を獲得して、運営の資金をも確保しなければならない。それは、いわば「基本給」が削減され、足りない部分は「歩合制」となり、同じ仲間との競争のなかで「能力のある者」が高い報酬を獲得できるというドラスティックな仕組みである。「競争」といっても、一定の生存が保障された上での競争ではなく、まさにお互いの生存を賭けた競争である。)

さて、竹内氏の問いは、大学での教育研究活動に競争原理を導入するのはよいがそのルールは果たして公正なのか、という至極基本的な問いである。

竹内氏はアメリカの事例と比較しながら、日本の競争原理の問題の所在を解明する。まず、現在の競争的施策では、旧帝大を中心とする8校程度の大学に資金が集中し、研究費の極端な寡占化が生じている。一部の大学に手厚く資金を投下しても日本の大学全体の活力は失われてしまう。中堅以下の大学にもやや均等に資金を配分する必要がある。

また、研究の評価が実績主義に基づいているため、新規の研究や斬新な発想が評価されにくい。そのため、ある研究が科研費を取り、業績を積み重ね、その業績をもとにさらに同じ研究が科研費をとるという雪だるま式の再生産が続く。それは「原始的な資本主義」に等しく、研究資金の少数校への寡占化が容易に起こる。

そして、そもそも科研費は国立大学と私立大学では不平等に配分される。国立大と私立大で科研費の申請件数は2.3倍だが、その配分額の比は5.6倍である。私立大の潜在的活力を活かしてこそ、日本の大学全体の活力は高まる。ハーヴァード大学やスタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学などの一流私立大学の活躍にアメリカの多額の公的資金が活用されていることをみれば、このことは明らかであろう。「しかし、国立大は私立大と比べてやはり優れているから…」という物言いの前に、その優劣を固定化する公的研究費の配分構造を精査する必要があるだろう。

竹内氏の明快な表現によれば、つまり、日本の現状では、「競争的施策」と銘打っていながら競争は終わってしまう。旧帝大と他(地方)大学、国立大と私立大の格差的配分を是正し、科研費の審査制度の多様性を確保しなければ、日本の大学全体の活力は長続きしないのではないか、という竹内氏の主張は妥当なものだろう。

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さて、ここまでの拙文を読まれて、違和感をもった向きもあるのではないでしょうか。なぜなら、筆者は東京大学のグローバルCOEという、少なくとも資金面では相対的に恵まれた組織に所属してこの文章を書いているからです。特権的な高みから上空飛行的な記述を書きとめても説得力に欠けると考える方もいることでしょう。崖っぷちの小規模大学で研究活動に専念できず営業や経営の仕事に駆り立てられ、倍増した事務仕事に忙殺される教員。博士号を取得した後、非常勤やポスト・ドクターなどの不安定な身分で労苦を重ねる若手研究者――そうした苦境に身を置いてこそ、大学をめぐる説得的な言葉を紡ぎ出すことができるのではないか、と。

ただ、私自身、長い間、地方の小規模な大学にいましたから、そうした冷めた遠近法をもちあわせているつもりです。大学をめぐるさまざまな現実に耳を傾けながら、私にできることは、自分が所属するグローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター(UTCP)」を、大学をめぐる諸問題や大学関係者の困難さに向き合うための創造的な場として、なるべく多くの方々に無償で提供するべく尽力することぐらいです。実際、UTCPでは、大学、哲学、教育、人文学、大学院といった諸問題を検討するための学術的催事をいくつか開催します。この拙文がそうした催事へのささやかな招待状となるならば幸いに思います。

(文責:西山雄二)

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シンポジウム「哲学と大学―人文科学の未来」
2008年2月23日(土) 13:00~18:00
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム1
岩崎稔(東京外国語大学)、鵜飼哲(一橋大学)、大場淳(広島大学)、大河内泰樹(埼玉大学他非常勤講師)、藤田尚志(学術振興会特別研究員)、小林康夫、西山雄二、宮崎裕助(UTCP)

講演:「気候変動」と人文学―地表性、再記入、記憶の体制
2008年2月27日(水) 17:00-19:00
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3
発表者:トム・コーエン
(ニューヨーク州立大学アルバニー校教授、「批判的気候変動に関する研究所」研究ディレクター)

UTCPワークショップ「高学歴ワーキングプア―人文系大学院の未来」
2008年3月17日(月) 17:00~19:00
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階 コラボレーションルーム3
講演者:水月昭道
 (浄土真宗本願寺派僧侶〔教師〕 釋昭道、
 立命館大学衣笠総合研究機構人間科学研究所研究員)
司会:西山雄二


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