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【報告】UTCPイスラーム理解講座第3回 "Muslims Today: Image and Realities"

2007.12.20 イスラーム理解講座

12月19日、カリーム・ダグラス・S・クロウ氏(南洋理工大学S.ラジャラトナム国際研究院、シンガポール)をお招きして、第3回イスラーム理解講座「現代のムスリム:イメージと現実」が開催された。

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 クロウ氏の講演は、イスラームの来歴から現代の国際政治や文化表象にまでおよび、2時間を超える講演と質疑の全体を要約するのは難しい。いくつかの印象的な話題を紹介するにとどめる。

 ムスリム(イスラームに帰依する者)に対する「イメージ」とは、もちろんこの場合、主に西欧世界がイスラーム世界に対してもつ「イメージ」であり、必然的にそれはいわゆるオリエンタリズムと切り離せないもの、あるいはオリエンタリズムそのものであるが、ひじょうに一方的で歪曲されたものであった。
 かつては、「ハーレム」に代表されるように、性的なイメージだ。これはアラブ人の存在が性的に奔放だという偏見であると同時に、西欧の欲望の投影でもある。しかしこれは現代では、「テロ」に取って代わってしまった。野蛮な暴徒、非理性的な群衆が、「ジハード(聖戦)」を叫び、西欧世界にテロを仕掛けている、というイメージだ。これは言うまでもなく、アメリカを中心とする西欧世界の中東政策と密接に関係するイメージの政治的利用であり、同時にイスラエルとアメリカのシオニスト・ユダヤ人の影響も無視しえない。

 しかしながら、実際のイスラーム世界の歴史と現状は、はるかに多様であり、上記のようなイメージはまったく現状を反映していないレッテルでしかない。
 クロウ氏は、預言者ムハマンドによるイスラーム共同体の創設の経緯から、そのなかにあるさまざまな宗派の流れに言及、現在のシーア派/スンナ派といった代表的宗派や、ワッハーブ派やスーフィズムといった改革運動や神秘主義なども紹介し、多様な背景・蓄積の存在を提示した。
 また、イスラームが発展していく歴史的過程で、正則アラビア語で書かれた聖典クルアーンが普及することによって、学問の発展に大きな貢献をなしたことが強調された。文語である正則アラビア語は、イスラームの広まりとともに地域を越えて共有され、それがさまざまな領域の学問上の交流を可能にし、実際にわれわれがヨーロッパ発の学問領域だと信じて疑わない多くの学問について、実は中世まではイスラーム世界のほうがはるかに先進的であり、地中海世界を中心とした文化交流によってイスラーム世界からヨーロッパ世界へと先進的学問がもたらされた歴史的事実が指摘された。
 さらに、「多様性」ということで言えば、欧米では「イスラーム世界」=「アラブ世界」と一枚岩に捉えているが、それもまた無知と偏見にもとづいたものであることに注意を要する。一方でアラブ世界のなかにはなおユダヤ教共同体とキリスト教共同体が存在しており、混淆の歴史と文化がある。他方で、イスラームは、いまではもっと東方へと広がり、重心も地中海から中央アジアへと移動しつつある。実際、中央アジア諸国や南アジア諸国、東南アジア諸国、中国などでムスリム共同体が大きくなっており、そのことでイスラーム世界はますます多様化してきている。

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 しかし、だからといって、イスラーム世界・ムスリムの文化的豊かさを賞讃ばかりもしてはいられない。クロウ氏は、錯綜と混迷を深める現状についても論及した。欧米世界による植民地支配の影響は甚大で、独立=脱植民地期における戦争など直接的暴力によって、膨大な犠牲者が出たことや、そのことがなおも後遺症を残していることなどが指摘された。イスラーム世界は民主主義がないとか政治的に成熟していないと言われるが、これもまた西欧的なイメージで、実際には、西欧による植民地支配の傷のために、現在でもなおコロニアル・レジーム(植民地体制)的な政治制度が残っていることこそが問題なのである。これを単純に進歩の程度の問題に解消すべきではない。
 また、クロウ氏は、社会の世俗化と宗教化の緊張関係や、ムスリム女性の社会進出の両義性などについて、イランやトルコなどいくつかのイスラーム国家の現状を紹介した。これについても、実に多くの要因が重層的に絡みながら社会変容と文化変容が進んでいるというのが各地の現状であり、それを西欧進歩主義の短絡した物差しで見るべきではない。

 さて、クロウ氏の提起を受けて、日本に住む私たち、つまり概して、西欧世界の一部ともみなす/みなされることも多い私たちは、どう受けとめるべきなのか。つまり、西欧的なムスリム・イメージ、無知と偏見に基づくムスリム・イメージを共有し、実際にそういった短絡したイメージを使ったメディアに接し、自らもそういった誤ったイメージで考えたり語ったりしてしまう現状がある。クロウ氏の提起は、私たちの学問的思考だけでなく日常の思考に潜む無意識の歪曲について、鋭い指摘をしていたように思う。
(文責:早尾貴紀)

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