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【報告】トマス・カスリス名誉教授講演会

2017.11.17 中島隆博, 小林康夫, 佐藤麻貴

11月6日にオハイオ州立大学のカスリス名誉教授による”Water is Life; Water is Alive, A Japanese Way of Thinking”と題した講演会が開催された。カスリス先生の講演会は昨年7月の『インティマシーあるいはインテグリティ』(法政大学出版局)の出版記念イベント以来であり、先生の自由闊達な哲学的視座に立ったお話を伺える機会をとても楽しみにしていた。今回は、講義ではなく、是非、参加者と議論をしたいというカスリス先生の御意向もあり、講演自体は短いものだった。

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講演が始まる前に、先生が最近研究されている空海から、真言宗の胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅を音波と砂で表現できるという映像鑑賞をした。講演は、15名ほどの聴衆の中、始まった。日本人の自然観や文化形成の初期にあって、日本人は、水だけでなく、自然の中から様々な概念を受容し、そうした概念を純化していったのではないだろうか、という前提に立ち、万葉集の山上憶良の歌「言はむ術 せむ術知らに 石木をも 問ひ放け知らず」「大野山 霧立ち渡る 我が嘆く おきその風に 霧立ちわたる」の二句を引いて、死者の声を天に問い求めるのではなく、自然に対して求める日本人の「こころ」について紹介された。また、神道の禊、道元の山水教から「水が水を見て、水が水を語る」に触れ、華厳経の「事、理、理事無碍、事事無碍」の概念を図示したもの、空海の加持における心水の概念、親鸞、日蓮の語る水の概念について、続けざまに紹介され、「世界の中に水があるのではなく、水の中に世界がある」という山水教の一説を示し、フロアは開かれた。

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参加者からは、水という有機的に多とつながっていること点に着目し、水という概念からどのように、主体と客体の二項対立構造を超克できるのか、あるいはそうしたヒントはあるだろうか、との質問があった。カスリス先生は、科学の問題とすべての問題の科学化が、より西洋発祥の主客二分を推進していると指摘し、そうでありつつも、知識を得る、あるいは物事を知るという知的活動において、東西の分断を超える最も正当な在り方として主客二分のモノの見方があることは否めないとされた。しかしながら、東洋から出てくる必然の問いとして、なぜ主客二分しなくては正当な知識の在り方、あるいは知識の得られ方では無いという言説が主流を占めてしまうのか?という新たな問いを立てることで、西洋へのレスポンスと東洋的な考え方を深めていく可能性が存在することを指摘し、そうした試みを、来春に出版予定の本では書いている途中なのだと答えられた。その際には、対象を内部で相互連携、相互依存しているシステムとして捉え、表面的にではなく、深く対象と関わること(engage)が重要なのではないかと思うと。

一つのモノに多くのモノがホログラムのように重なって連携している状況を、ミニマリズム的に切り取って考えるのではなく、入れ子状になっているモノが階層的に連携しているということをどのように理解したら良いのか。部分と全体、モザイクとジグソーパズルのピースの違いのように、代替可能なように見えるモノ(モザイク的)と唯一無比のモノ(ジグソーパズルのピース的)とを、どう関連付け、連携されている中で把握し、理解するのか、あるいは翻訳すれば良いのだろうか。

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また、別の参加者からは、水という比喩によって表現される美、水の美しさを水として語るのではなく、鴨長明のような流れる時のメタファー、水鏡のような静かに世界を写すメタファーの事例から、水や水のメタファーも含めて、水を水以外のもので表現する可能性はあるのだろうか、というコメントがされた。自然のnatureとnurtureから、内在的には人間を育て養う水が、外在的には人間生活を脅威にさらす(暴風雨など)ものに変容する、水の両義性についてはどのように考えるのか、という質問も出た。そこから、日本人にとって水は、まさに両義的なものであるという生活経験から、水に関する豊かな表現が必然として生まれているのではないだろうかという議論へと発展していった。最後に、日本的霊性というものが、日本の風土、文化、地理、歴史によって醸成されたものであるならば、水の果たした役割は大きいということ、また、脅威である自然は西洋のように神の怒りによる厳罰ではなく、ある種の清めの意味も含まれているような、西洋とは異なる神の概念の源泉になっているのかもしれないというコメントがなされた。カスリス先生の豊かな発想に、今回も感銘を受けた。

(文責:佐藤麻貴)

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