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【報告】ジャン=リュック・ヴィルムート氏講演会+作品上映+ディスカッション "What to Do in a Certain Context"

2013.12.15 小林康夫, 清水将吾

2013年10月10日、東京大学駒場キャンパス学際交流ホールで、ジャン=リュック・ヴィルムート氏の講演会および作品上映、 "What to Do in a Certain Context"が行われた。映画上映後のディスカッションは、ヴィルムート氏、小林康夫教授、エリーズ・ドムナク氏によって行われた。

ヴィルムート氏は国際的に活躍するフランス出身のアーティストであり、パリ国立美術学校の教授として教鞭もとっている。まず、ヴィルムート氏はスライドを使い、彼の過去の作品をいくつか紹介した。25歳のときの最初期の作品は、ロンドンの歩道上で自らブロックの上に立ち、そこに立てなくなるまでブロックを壊していくというパフォーマンスだった。小林教授の質問に答えるかたちで、「路上で何か特別なことをして、生命との相互作用をしたかった」とコメントされた。ヴィルムート氏がデザインしたカフェについては、小林教授は「デザインとアートの違いをどのように考えていますか」と質問された。回答はこのようなものだった。「分野どうしの境界ははっきりしなくなってきていると思います。実は、私はもうそのような問いに関心はなく、どうやってこの惑星に生き続けるかということに関心があります。」ここでの「生命」や「惑星」という言葉の使い方は唐突にも思われるが、ヴィルムート氏の関心の核心を表しているようであり、このあと上映された映画を観るうえで示唆的だった。

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映画のタイトルはLunch Timeであった。宮城県山元町の約30人の人々が、3.11の津波で何もなくなってしまった場所に集い、荒野に置かれたテーブルと椅子で昼食をとるという内容だ。映画は女性たちが食事の支度をするところから始まった。それはありふれた台所の風景のようであるが、しかし淡々と話される内容は想像を絶する津波の体験なのである。食事の支度と語り口がいわば快いリズムを作り出しており、捉えがたい印象を私に残した。そしてその捉えがたいものは恐らく現実にほかならないのである。荒野の食卓に人々が集まると、人々は食べ物を口に運びながら、震災を思い出しつつ互いに話をする。人が感情的になる場面もあるが、そうでない場面もある。そのどちらとも言い難いようなできごとが、広い荒野の食卓で実際に起きている。「芸術は対象にそのまま向かうのではなく、何か別の向かい方を与える」というようなことをヴィルムート氏は言われたが、3.11と呼ばれるものに向かおうとするうえで、きわめて独特で微妙な仕方が提示されているように思われた。

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上映後、小林教授とドムナク氏を交えたディスカッションでは、映画に関して様々な質問があった。それらを受け、映画への参加を断った人々が少なからずいたことや、テーブルと椅子が津波で流されたものの中から集められたことなどをヴィルムート氏は話された。これらのような事実もまた、ヴィルムート氏の映像を中心にして提示されたように感じられ、明快な解釈をどこまでも拒むように思われた。

(報告:清水将吾)

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