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【報告】 2013年度キックオフシンポジウム 「Radical Encounter in Philosophy 共生の深みへ」

2013.04.30 梶谷真司, 中島隆博, 石原孝二, 石井剛, 川村覚文, 小林康夫, 清水将吾, 西堤優

2013年4月13日、共生のための国際哲学研究センター 上廣共生哲学寄付研究部門 2013年度キックオフシンポジウム 「Radical Encounter in Philosophy 共生の深みへ」が駒場キャンパスにて開催されました。

上廣共生哲学寄付研究部門によって設置して頂いたそれぞれの研究部門――L1部門「東西哲学の対話的実践」、 L2部門「共生のための障害の哲学」、L3部門「共生の政治国際会議」――が二年目を迎えるに当たり、これまでの研究成果とともに今後の展望についてそれぞれの研究部門の方々にご報告して頂きました。

このシンポジウムのプログラムは以下の通りです。

挨拶 中島隆博(UTCP) 14:30-14:40

1st Session 東西哲学の対話的実践 14:40-16:10

井川義次(筑波大学)「知の照応――宋学と啓蒙の哲学者たち」
コメンテーター:杉谷幸太(UTCP・RA)

(休憩 16:10-16:20)

2nd Session Philosophy for Everyone(哲学をすべての人に) 16:20-17:20

河野哲也(立教大学)×梶谷真司(UTCP)「哲学プラクティスの射程」

3rd Session 共生のための障害の哲学 17:20-18:00

石原孝二(UTCP)「共生のための障害の哲学――2年目に向けて」


結びの挨拶 小林康夫(UTCP) 18:00-18:10


総合司会 石井剛(UTCP)

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ここまで西堤優(特任研究員)

ここからは各部門の特任研究員の報告です。なお、報告文の順番は各部門の発表の順番に則っております。

【L1セッション報告】井川義次氏講演「知の照応――宋学と啓蒙の哲学者たち」

上廣共生哲学寄付研究部門 2013年度キックオフシンポジウム「Radical Encounter in Philosophy 共生の深みへ」の最初のセッションとして、筑波大学教授井川義次氏による「知の照応――宋学と啓蒙の哲学者たち」と題された講演がなされた。

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本講演の主なテーマは、中国において発展した宋学が、ヨーロッパの啓蒙の哲学の成立にいかに影響したか、というものであった。宋学あるいは宋明理学とは、宋代以降の中国において、「理」を追求する新しい儒教運動として成立したものであり、その代表的なものとしては朱子学が挙げられる。しかし、その具体的な議論に入る前に、導入として、非ヨーロッパ社会とヨーロッパ社会との間における知の交流が歴史的にいかになされてきたか、ということについての説明がなされた。仏典『ミリンダ王の問い』にみられるギリシア系のミリンダ王とインド人僧侶ナーガセーナとの間における対話や、フビライ・ハーンとマルコ・ポーロとの交流などを例に挙げつつ、とりわけフランシスコ・ザビエルなどのイエズス会士達が非ヨーロッパ社会における文化や宗教的規範などを積極的に研究・摂取し、自分たちの活動に活用していたことについて、井川氏は話された。

ザビエルは日本で宣教活動をしたのち、中国皇帝を改宗させるべく中国への渡航を試みるも、志半ばにして病に倒れる。しかし、ザビエル亡きあともマテオ・リッチによって、その志は受け継がれ、四書五経などの徹底的な研究がなされた。そして、本講演では、そのマテオ・リッチの立場をさらに受け継ぐ者たちに焦点があてられた。具体的には、フィリップ・クプレとフランソワ・ノエルといった、中国哲学の古典をラテン語へと翻訳した神父たちについてである。そしてこの翻訳を通して、中国哲学とりわけ宋学が、ヨーロッパ啓蒙哲学の大家クリスチャン・ヴォルフの思想に深い影響を与えていたことが、井川氏によって論じられた。

クプレは、四書五経のうち、『大学』『中庸』『論語』のラテン語への翻訳を行った。講演では、とくに『大学』が翻訳される際に、クプレはその解釈の多くを、朱子学による注釈および張居正の解釈に依存していたことが説明された。すなわち、儒家のより実際的・具体的な理念が説かれている「『大学』の八條目」について、クプレは「明徳」を理性的本性と翻訳しつつ、「格物致知」を万物の理を窮めることで、知を窮めることである、と翻訳した。つまり、万人が理性的本性を窮めるためには、人々を導く王がまず自らの理性的本性を完全なものとすべく、万物に内在する理由ないし本質としての理を窮め、それによって王自身の知性的能力を窮めることが必要である、という非常に主知主義的な解釈を、クプレは『大学』に施したのである。井川氏によれば、このような主知主義的解釈は、朱子学による注釈と、その注釈をさらに詳細に説明した張居正による解釈を下敷きにしない限り、不可能なものである、ということであった。

続いて、氏はノエルの話へと移られた。ノエルは『中華帝国の六古典』として、クプレが翻訳しなかった『孟子』を含めて四書すべてのラテン語への翻訳と、クプレが来華した当時中国で普及していた『孝経』『小学』の翻訳を刊行した。『孟子』がクプレによって翻訳されなかった理由としては、そこでは革命思想が述べられており、それがイエズス会のパトロンであった絶対王政の権力者たちにとって不都合であったため、とのことであった。ノエルもまたクプレと同様に張居正の注釈をよりどころとしており、彼の翻訳によって当時の中国の学問の基本的全貌が伝えられ、クプレの翻訳とともに、ヴォルフなどのヨーロッパ啓蒙哲学者へと影響を与えていった、というわけである。

最後に、ヴォルフについて氏は話された。ヴォルフはハレ大学学長職退任の最終講義において、『中国人の実践哲学に関する講演』を講演し、これをのちに出版する。この講演において、ヴォルフは例えばライプニッツによってとなえられた充足理由律が、中国哲学においてすでに唱えられていたなどと主張しながら、中国哲学の優越性を強調していたという。そして、神という超越的存在に頼ることなく、人間の自律可能性を説く哲学としての中国哲学という解釈を、『大学』からヴォルフは導きだしていたのだという。こういった理解の背景には、クプレやノエルらによる宋学(宋明理学)に影響を受けた翻訳があったのである、と井川氏は話された。

質疑応答では、UTCPのRAである杉谷幸太氏がコメンテーターをされた。杉谷氏からは複数の問題提起がなされたが、時間の関係もあり、そのうちからもっとも重要だと思われる点について、杉谷氏からの応答があった。それは、どの程度まで宋学の影響がヨーロッパの思想に影響したのか、という問いであり、これに対する井川氏の解答は、ドラスティックな転換を起こしたりすることはなかったが、神なき理性による自律、という啓蒙主義の根本的な思想に大きな関与があったのではないか、ということであった。
啓蒙主義哲学への非ヨーロッパ思想の影響という、非常に重要であるにも関わらずそれほど注目されているとは言えない研究に関する、非常に刺激的な発表によって、本講演は盛況のうちに幕を閉じた。

報告者:川村覚文(特任研究員)

【L3セッション報告】河野哲也(立教大学)×梶谷真司(UTCP)「「哲学プラクティスの射程」

L3プロジェクト「Philosophy for Everyone(哲学をすべての人に)」のセッションは、プロジェクト・コーディネーターの梶谷真司先生と、学校や哲学カフェでの哲学対話を推進しておられる立教大学の河野哲也先生による、対談形式で進められた。

はじめに、梶谷先生から、プロジェクトのこれまでの活動のご紹介があった。本プロジェクトは、今年度からSプロジェクトからLプロジェクトへと拡大したプロジェクトである。プロジェクトが始まったときには、年に一度開催される国際哲学オリンピックへの参加に向け、高校生を指導するプロジェクトだった。現在はこの活動を継続しつつ、学校での哲学教育、子どもの哲学対話、市民の哲学対話を、広範に推進するプロジェクトになった。

梶谷先生のお話では、昨年度11月の、哲学対話を体験するワークショップには、80人近くの参加者が集まった。大学生や教師の方々、それから北九州から来られた方までいた。また、今年度4月に開かれた、「母」をテーマにしたワークショップでは、母親の方々を含め、およそ60人で哲学対話を行った。ワークショップのこうした成功から、梶谷先生は、哲学対話は今後さらに広がっていくという確信をもたれたそうである。

河野先生は、哲学対話の実践について、梶谷先生と頻繁に意見交換をしておられるそうだ。梶谷先生のことを「こんなに話の合う人はいない」とおっしゃるほどである。河野先生は、学校での哲学対話の「すごい効果」を強調される。たとえば、「心の哲学」の分野にあるようなテーマで子どもたちが対話をすると、既存の学説が出尽くしてしまうような結果が見られる。対話が子どもたちの思考力をきわめて活発にするということであろう。学校からは「またやってください」という要望が続き、現在は進行役となるファシリテーターが足りない状況なのだそうだ。

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哲学対話の潜在的ニーズは、間違いなく大きいようである。生き生きと対話する人々のスライド写真を背景に、梶谷先生と河野先生の息の合ったお話は続いた。哲学対話という新しい風の勢いが、肌で感じられたセッションだった。

報告者:清水将吾(特任研究員)

【L2セッション報告】石原孝二(UTCP)「共生のための障害の哲学――2年目に向けて」

ここでは3rd Sessionの石原先生の御発表「共生のための障害の哲学――2年目に向けて」についてご報告します。

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L2部門「共生のための障害の哲学」では、障害者と健常者が社会において「共生」するために必要な「障害における基礎理論」の構築が目指されている。石原先生によると、現在私たちの社会の中では障害者と健常者の間にはある種の「差異」が存在しているのは間違いなく、これまでの障害に関わる諸学問のほとんどが、この差異を解消されるべきものであるとみなしそのために様々な取り組をなしてきた。だがこのプロジェクトでは、この差異を「解消されるべきもの」ではなくむしろ「問い直されるべきであるもの」であると捉え、それを障害における基礎理論の出発点とする。つまり、障害者と健常者の間に存在する差異の問い直しを通して共生のための障害の基礎理論構築を目指すのである。具体的には、国内外の障害当事者や自然科学系研究者との共同研究、また、他の当事者研究関連のプロジェクトなどとの連携によるこれまでにないタイプの「語り」と「研究」の場の創出に取り組む。更に、これらの作業を通じて得られた障害の哲学の研究成果を哲学研究そのものへとフィードバックし、それによる障害における基礎理論の深化も図る。

今回の石原先生のご報告を受けて、障害の哲学とはいかなる学問であるかなど、様々な質問なされた。また、河野先生の障害とは社会との関係性の概念であるという指摘は示唆的であった。障害という言葉は誰でも一度は聞いた言葉であり、そのため誰もがそれを「知っている」と思いがちであるが、その概念の外延と内包条件の規定はかなり困難なものであることが会場からのご意見からも窺い知ることができた次第である。

報告者:西堤 優(特任研究員)

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