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【報告】P4C in Hawaii 見学(3)

2013.03.31 神戸和佳子, 崎濱紗奈, 榊原健太郎, Philosophy for Everyone

P4C見学の前半の2日間(3/3-3/5)についての崎濱の報告に続き、後半の2日間(3/6,3/7)について、榊原健太郎がお伝えします。

まず、(崎濱と同様)見学にいたったいきさつについておおづかみに述べておきたい。私のP4C-Hawaiiとの出会いは、P4C-Hawaiiを昨年の夏に現地で経験された梶谷先生からその内容を(おそらく「高校生のための哲学サマーキャンプ」の場で)聞かせて頂いた時であり、またその後の P4E(Philosophy for Everyone)研究会でP4C-Hawaiiの内容について詳しく知る過程においてであった。私はP4C(Philosophy for Children)については多少とも関心があったし、その一部の要素は(私が)勤務する大学での人文系・社会系・キャリア教育系の授業のデザインにも取り入れていた。また、日本国内で子どもの哲学やそれに関連する活動されている方々とかかわる機会もこれまでにあった。けれども、 “P4C-Hawaii”という表現によるハワイアンスタイルのそれに、はっきりとした輪郭を見出しつつ出会ったのは、これがはじめてのことだった。

P4E研究会は、月2回のペースで開催されてきた。そこでは日本各地で行われているP4CやP4Eに類する取り組みについての情報を(哲学カフェやサイエンスカフェなども含めて)整理したり、その内容を分析したりした。また、UTCP-P4Eの企画による「講演&ワークショップ」も数回にわたり開催し、多くの熱心な参加者と力強い反響を得た。今回のP4C-Hawaii見学は、このようなUTCP-P4E の活動を、P4C-Hawaiiのメンバーの方々を相手にプレゼンテーションするという用務も含まれたものであった。P4C-Hawaiiを、「見学」し「経験」すればよいだけのものでは決してなかったのである。こうした任務を背負って今回のP4C-Hawaii見学に派遣された榊原・神戸・崎濱は、「じゃあみんな、UTCPのP4Eもしっかりアピールしてきてねー」と言いながら満面の笑みをうかべる梶谷先生に見送られながら、ホノルルを目指したのである。ホノルル到着後しばらくは緊張気味だった三人だったが、ハワイ大学哲学科のラウンジでコミュニティボールを作る頃には気持ちもやわらいでいたことは、先のブログで崎濱が報告していたとおりである。

【3月6日 ワイキキ小学校】(1)
P4C in Hawaii 見学、4日目は、ワイキキ小学校を訪問した。カイルア高校と同様、P4C-Hawaiiのモデル校であり、ベテラン校である。明るく開放的な雰囲気の校舎だ。オフィスへつながる通路を抜けてゆく風が心地良い。校長先生Bonnie Taborさんが私たちを迎えてくださった。10年近くにわたりP4Cスタイルの授業をじっくり取り入れてきたことや、総生徒数の8割程度がいわゆるマイノリティー登録者によって構成されていること、ワイキキ地区という立地との関係も手伝って生徒の転入・転出も少なくないということなど、学校の特徴について明るい声で教えてくださる。(ワイキキ小学校におけるP4C導入の特徴などについては以下もご参照ください→ http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/blog/2012/10/post-565/ )。
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<校舎から校庭を望む>

私たちは、午前中に英語補修、2年生(×2)、そして午後に4年生、と、全部で四つのクラスでP4Cに参加した。また、放課後は、Tabor校長先生のお計らいで、職員会議の席に私たち訪問者を加えて頂いた。Tabor校長先生をはじめワイキキ小学校の先生方皆さんに改めて感謝の意を表しつつ見学の模様を報告したい。
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<通路のベンチ>

さて、最初に見学したのは、英語補修クラスであった。英語を基本的に第二外国語とする生徒たち10名ほどで構成されていた。生徒たちの(もうひとつの)文化的・言語的バックグランドも、中国、韓国、日本をはじめ、実にさまざまだ。さあP4Cの開始である。例によってサークル状に座り、コミュニティボールを一人ひとり手渡しながら私たち訪問者を含めた自己紹介をはじめる。生徒から示された7つほどのテーマ(問い)の中から、今日話し合うテーマを何にするかについて投票が始まった。全員が目を閉じる。担任の女性の先生が挙手を数え上げ、投票結果が発表された。
「Can all religions be true? (すべての宗教は真実でありえるのか)」。これがこのクラスの今日のテーマだ。やや重たいテーマが選ばれたようにも見えるが、次々に生徒たちが手を挙げる。「真実ではない。宗教はすべて作り話に過ぎないと思う。evidenceはない。」「宗教は作り話だ。それを信じすぎちゃうと、良くない結果になる(って両親が言ってた)」「真実であると信じるためには、何らかのevidence は必要か」「 true と believe はちょっと違う。 trueにはevidence は一応必要だ。一方、信じるためには、必ずしも evidence は必要ない」といったやりとりがあった。その上で「お話を正しいと思うことと、(存在を)信じることとの関係は?」などと、やや一般化した問いが出された。終了時刻が近づいた。「Can all religions be true?」もしくは「Why do people believe in religion?」という問いに対して、5センテンス程度の文章と結論からなる作文が生徒たちに課されて授業は終了した。
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<英語補習クラスP4C終了後の課題>
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<課題に取り組む生徒たち>

言語学習とP4Cの関係について考えるとき、このクラスは一つの良い材料を提供してくれるはずだ。というのも、英語を第二言語とする生徒たちにとって、(興味を持てない教材に無理に向き合うよりも)自分が<いま話したいこと>を表現する楽しさ(や苦しさ?)を味わうことに集中しながら第二言語(英語)を学習することは、きっと習得の手応えを感じやすいことだからだ。担任の先生も「話すチャンスが増えるし、興味のあることについて書くことができるので、 言語の習得にもP4Cスタイルは有効だと思う」とコメントされていた。いまひとつ印象的だったことがある。この授業では日本のバックグランドをもつ女子生徒たちによる発言や授業へのかかわり方が大変盛んだったことだ。これは私たちが日本からの(日本語を話し、日本の文化を彼女たちと共有する)訪問者だったこととにより、ある意味でのSafetyがはたらいたことと無関係ではないだろう。(しかしこれは、別のバックグランドをもつ生徒にとっては同様にある意味でのSafetyが減退することを意味するかもしれない。)一般に、Intellectual Safety を作り出すことは必ずしも簡単なことではない。特に言語の壁や文化の壁との関係によって生まれてくる「Intellectual Safetyの形成を困難にする」問題については、この英語補修クラスのような様々な文化的背景を持つ参加者から構成されるコミュニティでのP4Cにおいて顕在化してくるものが少なくないだろう。授業後の生徒たちの声は、しかし、とてもやわらかく、そして笑顔はまぶしかった。
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<授業後の記念撮影>

―続く―

(榊原健太郎)

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