Blog / ブログ

 

【報告】UTCPワークショップ「エドゥアール・マネの絵画——イメージの等価性と操作性をめぐる試論」

2011.09.28 三浦篤, 近藤学, イメージ研究の再構築

2011年9月24日、三浦篤氏(UTCP事業推進担当者)、藤原貞朗氏(茨城大学准教授・UTCP外部協力者)を囲むワークショップが行われた。

このイベントは2009年11月にUTCP中期教育プログラム「イメージ研究の再構築」が開催したシンポジウム「絵画の生成論」の続編にあたる。同シンポジウムでは国内外から5人の研究者が発表したが、とくにご専門のエドゥアール・マネ (1832–83) を扱った三浦氏の発表が好評であった。このときの論点は三浦氏が数年来にわたって追求されているものであり、聞けば今後もさらに発展させていく予定とのこと。ここからこの催しのアイディアが生まれた。三浦氏にはより十全なかたちで論旨を再度提示していただき、集まった面々が意見や質問を寄せることで、いわば共同でひとつの議論を練りあげる場を設ける、というものだ。「ワークショップ」(工房)としたゆえんである。レスポンダントとしては藤原貞朗(ふじはら・さだお)茨城大学准教授をお招きした。

2011-09-UTCP-image-Manet-Workshop-blog-pic01.jpg
【三浦篤氏】

議論は多岐に渡ったが、以下ではあくまで筆者の個人的な視点から要約することをお断りしておきたい。

第一部として三浦氏から一時間ほどの発表が行われた。 マネは20代(1850年代に相当)からヨーロッパ各地の美術館を訪ね歩いて実作品に数多く接している。その博捜ぶりはそれ自体特筆に値し、フーコーが「美術館の絵画」と呼ぶマネ芸術にふさわしいスタートといえるが、のみならず彼は当時飛躍的に流通量が増大しつつあった複製画像を貪欲に摂取していたらしい。こうして早い時期からいわば巨大な画像貯蔵庫を(視覚的記憶として、あるいは印刷物の物理的な集積として)作り上げたマネは、そこから実に多種多様なイメージを引き出していく。マネが自作においてそのような借用を切り刻んでは組み合わせる手つきは自由自在、時としてほとんど傍若無人であり、この画家にとってはあらゆるイメージがまったく等価な操作対象だったことを示唆している。三浦氏によればこうした態度はフランス第二帝政期を特徴づけるイメージの氾濫なくしては考えられず、したがってこの時代の特異性を雄弁に証し立てるものなのである。

2011-09-UTCP-image-Manet-Workshop-blog-pic02.jpg
【藤原貞朗氏】

第二部は藤原氏からのコメント・質問で幕を開けた。氏はこの画家に特徴的な筆触に注目を促す(上では触れなかったが、三浦氏も発表のなかでこの問題には詳しく言及していた)。とりわけ1860年代の作品を検討してみると、同じ一点の絵画のなかでも用いられているタッチの性格が場所によって非常に違っていることがわかる。堅牢・厚塗り/流麗・薄塗りというように大別できるそれら筆致は、描かれている対象の種類ーー眼前の現実(モデル)か、既存の絵画作品からの引用かーーに応じて使い分けられていて、要素間の齟齬を際立たせる役目を果たしている。したがって、なるほどマネが雑多なイメージを扱うやり方は等価性を大前提としているとしても、結果としてのタブローはむしろ異質性の支配する場として見るのが適切なのではないか。

藤原氏の発言は聴衆にとって、独自の視角を導入することで三浦氏の議論をより精密化する効果をもつものだったように思われる(たしかに60年代の作品では異なるタッチの並存ないし対立が顕著だが、その落差はしだいに縮まっていくのではないか、というのが三浦氏の返答だった)。また会場からもさまざまな問題が提起された。発表では第二帝政期が焦点だったが、イメージの氾濫という状況はむろんこのあといっそう激化していくことになる。マネの例はそうした歴史の展開とどのような関係にあるのか(三浦氏はこの関係を起源とその発展と捉え、逆に藤原氏はマネとそれ以後のあいだに断絶を見てとる)。同時代の写真の興隆は複製を含めたイメージをめぐる環境にどのような変化をもたらしたのか。作品から引き出せる見解に加え、史料を通じてマネ自身の思考を知ることはできるのか。しばしば唖然とするほど大胆なマネのイメージ操作に、伝統や規範に対するある種の批判性を読み込むことは許されるか。

この他にも熱心な質問が数多く集まり、質疑応答は予定時間を過ぎて続けられた。今回は冒頭で述べた開催趣旨にもとづき、とくに関心を共有するごく少数の方に登録を限定させていただいたが、そのこともあって密度の濃いディスカッションとなったように思う。登壇者のお二人を含め参加者の皆さんにあらためてお礼申し上げるとともに、当日の議論がいずれ何らかのかたちで実を結ぶことを祈念して終わりとしたい。

(近藤学)

2011-09-UTCP-image-Manet-Workshop-blog-pic03.jpg

【補遺】今回のワークショップに関連する文献として以下がある。

Recent Entries


  • HOME>
    • ブログ>
      • 【報告】UTCPワークショップ「エドゥアール・マネの絵画——イメージの等価性と操作性をめぐる試論」
↑ページの先頭へ