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【UTCP Juventus】小泉順也

2011.08.17 小泉順也, UTCP Juventus

【UTCP Juventus】は、UTCP若手研究者の研究プロフィールを連載するシリーズです。ひとりひとりが各自の研究テーマ、いままでの仕事、今後の展開などを自由に綴っていきます。2011年度の7回目は特任研究員の小泉順也(フランス近代美術)が担当します。

中期教育プログラム「イメージ研究の再構築」の所属で、ポール・ゴーガン(Paul Gauguin, 1848-1903)を中心にしたフランス近代美術を研究しています。

ここのところ各地にあるコレクションの形成史に興味があり、先日はフランスの"公立"美術館におけるゴーガン作品の収蔵の歴史を論文にまとめました(⇒オンラインで公開)。調べただけの内容ですが、この機会に作品の所蔵情報を整理したことで、ようやくフランスの美術館マップが頭に入ったように思います。

今でこそ美術館の目玉として扱われることの多いゴーガンの絵画も、20世紀初めの状況は大きく異なりました。たとえば、デンマーク人画家テオドール・フィリップセンは1909年に、自身で所有する《裸婦習作》(1888)をフランス政府に寄贈することを申し出ました。しかし、本件の重要性は理解されず、最終的にコペンハーゲンの国立美術館に遺贈されたのです。フランスの美術館に初めてゴーガンの作品がもたらされたのは、1910年のことでした。

このような歴史的経緯を踏まえて、日本の大原美術館に所蔵されているゴーガンの《かぐわしき大地(テ・ナヴェ・ナヴェ・フェヌア)》に目を向けると、1922年という購入時期は決して遅くはありません。なぜなら、同時期のフランスの美術館には、4点の絵画が収められていたに過ぎないからです。ゴーガンに限らず、作品が所蔵された時点にさかのぼってみると、案外と「発見」があるものです。

少し濁世にまみれることを許していただくならば、作品の売買にはときに大きな金額が絡みますし、個人コレクションの寄贈先をめぐって、激しい駆け引きが繰り広げられることもあります。それは芸術の本質に照らしてみれば、些末な問題です。しかし、芸術的価値と経済的価値のあいだに一定の関係が成立している美術の世界では、よからぬことを企む輩も出てきます。


【P・ゴーガンと書かれた3つの署名】

たとえば最近見つけたものをご紹介しましょう。「P Gauguin」と書かれたサインを並べましたが、本物は1つで残りは偽物です。ただし、どの絵も事情を説明した上で美術館に展示されています。作品の帰属は変更されることがあり、現在のキャプションやカタログの情報がすべて正しい保証はありません。実証はできなくても、絵を見たときの各人の直感が真実を捉えているかもしれないのです。

勢いに任せて話が膨らみましたが、私自身は真贋の問題に踏み込めるような鑑定家ではありません。話題はぐっと小さくなるものの、とりあえずは、「絵の中の言葉」という視点で議論を深めていくつもりです。ゴーガンは署名だけでなく、献辞や題名も積極的に画面に書き加えました。このような文字に込められた意図と機能、および同時代批評の反応に注目して、10月にスイスのフリブール大学で開催される研究集会で発表する予定です。

まもなく訪れるスイスの美術館の中では、チューリッヒにあるビューレー・コレクションのことが気になります。ルノワールやセザンヌなどの印象派の傑作で知られたコレクションの大半は、2015年から中心部のチューリッヒ美術館に寄託される予定です。実のところ、この決定にはセキュリティの問題が深く関わっています。

というのも、コレクターの旧宅を改修して誕生した美術館は、郊外の閑静な住宅街にありますが、2008年2月の白昼堂々、強盗によって4点の作品が奪われる事件が起きました。すぐにモネとファン・ゴッホの2点は発見されたものの、ドガの《レピック伯爵と娘たち》とセザンヌの《赤いチョッキを着た少年》は依然として行方不明です。各地にある美術品が、こうしたリスクと隣り合わせで展示されていることは忘れてならないでしょう。


【ビューレー・コレクションの建物】

最後にいくつか関連文献を挙げますので、興味のある方は図書館や書店で、手に取っていただければ幸いです。表立って取り上げられることの少ない話題とはいえ、美術にアプローチするときの一つの視点になるはずです。考えてみれば、日本に所蔵された西洋美術の作品はすべて、本来のコンテクストから切り離されて存在しています。強奪の可能性は一度忘れていただかなければなりませんが、そこに何気なく飾られた作品には、履歴や収蔵をめぐる物語が秘められているかもしれないのです。


〔関連文献の紹介〕
トマス・ホーヴィング著 『ミイラにダンスを踊らせて-メトロポリタン美術館の内幕』、東野雅子訳、白水社、2000年

宮崎克己著 『西洋絵画の到来-日本人を魅了したモネ、ルノワール、セザンヌなど』、日本経済新聞出版社、2007年

瀬木慎一著 『国際 / 日本 美術市場総観、バブルからデフレへ1990-2009』、藤原書店、2010年

ロバート・K.ウィットマン、ジョン・シフマン著 『FBI美術捜査官』、土屋晃・匝瑳玲子訳、柏書房、2011年


〔署名の「正解」〕 
1. ダニエル・ド・モンフレッドの作品中の署名
2. ゴーガン自身によるサイン
3. アンリ・モレの作品に第三者が加筆した署名

(詳しく説明すると煩雑になるので控えますが、「1」は贋作を意図したものではないと考えたいところです。モンフレッドはゴーガンのタヒチ滞在を支えた最大の貢献者でした。)


小泉順也
      

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