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【出張報告】「言語障害セラピーの現在」岩崎正太

2011.05.07 岩崎正太

2011年3月19-24日の間、米国ハワイ州のヒロ(Hilo)に出張し、現地でSpeech-Language Pathologistとして活躍されているMiyao Motokoさんにインタヴューを行ない、そして実際のセラピー(療法)現場を見学させていただいた。

私の研究のひとつは、従来言語的機能障害と考えられている吃音という言語現象をひろく文学・思想の問題として捉え返すことができないか、ということです。けれども、研究はときとして目の前の現実から大きく乖離し、生活世界から切り離されてしまうことがあります。そこで、今回の出張の目的は、いまいちど言語障害の現場に立ち戻り、吃音(ひいては言語障害)がどのように扱われているかを調査することにありました。プライバシーの関係もあり写真を撮ることをしませんでしたので、文章のみで報告したいと思います。

Speech-Language Pathologistとは、音声機能、言語機能、摂食・嚥下機能、又は聴覚に障害のある者に対し、その機能の維持向上を図るとともに、これに必要な検査や訓練、助言、指導を行なう医療資格です。対象とされる症例としては、発達における言語習得の遅れ、吃音、構音・構文障害、失語症、摂食・嚥下障害などです。日本では、1997年に国家資格として認められた「言語聴覚士」に相当するものです。驚くことに、米国では、すべての小中学校にSpeech-Language-Pathologistの配置が義務づけられているとのことでした。言語障害に対する意識の高さをうかがわせるとともに、日本の現状に落胆を感じます。

【セラピーの現場】
Miyaoさんが小学校で担当している10人ほどのセラピーを見学しました。吃音の生徒はいませんでしたが、「R」や「L」などの特定の音がうまく発音できない生徒や、単語の中のある音を抜かしてしまう生徒、文をうまく作れず単語で会話をしてしまうなどの統語の能力が弱い生徒などがセラピーを受けていました。ご本人もおっしゃっていましたが、実際のセラピーは、地道な訓練の反復でありました。たとえば、単語のカード(「light」と「right」)を見せて、読ませ、発音を技術的に矯正していく。反復訓練によって脳の言語領野の「地図」を再構築させるということでした。
限られた見学時間のなかではありますが、私が関心を引いたことは、セラピーは言語における技術的な側面に特化していて、セラピーを受ける人の心理的・精神的な問題には関わらないように見えたことでした。対人関係に影響を及ぼす言語障害の場合、コミュニケーションに苦手意識などを持ち、その人の生活まで影響することがありますが、伺ってみると、このような心理的な側面は専門の臨床心理士が対応するとのことでした。

【聴覚遅延フィードバック:DAF(Delayed Auditory Feedback)】
吃音についてもいろいろと話を伺ってきました。そのなかで、ひとつ興味深い装置をお借りすることができ試してきました。それは、DAF(Delayed Auditory Feedback)と呼ばれ、自分の声が遅れて聞こえてくる装置です。DAFにはヘッドホンとマイクとレコーダーがついていて、マイクで拾われた音声が一度録音され、わずかな時間差を生じさせ、ヘッドホンを通して耳に聴かせる、という装置です。個人差があるようですが、吃音者がDAFを使って話すと吃音の症状が軽減され、一方で、非吃音者がDAFを使うと吃音の症状が出ることがあります。
通常、ひとは自分で話した言葉を自分の耳で聞いている(フィードバック)。フィードバックの経路は、主に(1)耳からの空気伝導(2)声帯などの運動的・感覚的フィードバック(3)頭部の骨を経由して伝わる骨伝導、の3つあります。例えば、耳をふさぎながら発声したときに声が聞こえてくるのは、頭部の骨が振動していることで鼓膜を振動させているからである。通常、ひとはこの3経路をバランスよく使っていますが、吃音者はこのフィードバックになんらかの問題が起こっていると考えられます。
フィードバックの3経路には、わずかな時間的な差があり、一番早く伝導するのが「骨伝導」で、一番遅いのが「空気伝導」です。非吃音者 は「空気伝導」の方に発声を同期させているのに対して、吃音者は「骨伝導」に同期していると考えられています。そこで、DAFで人工的に「空気伝導」を増大させ、強制的に聴かせることにより発声を同期させるようです。その結果、吃音者は吃音症状が減少する。一方で、非吃音者は発声の同期に乱れが生じることになり、吃音症状とよく似た反応(人口吃)が出現するということです。
ここで興味深いのは、吃音を身体の同期システムの齟齬の結果として考えられるということである。これは、吃音を無意識における精神的な問題などの表出として考える、ある種の〈深さ〉を前提とする考え方とは、全く別の考えであるといえます。

今回の出張中には他にも、Miyaoさんのご協力を得て多くの経験をさせていただきました。いまだそのすべてを消化できてはいませんが、これから再考し研究に役立てたいと考えています。

(滞在したヒロHiloは、ホノルルのような喧騒とはかけ離れた、なんとも旅情を誘う町でした。過去に津波で大きな被害を受けたこともあり、ダウンタウンにはTsunami Museumが建てられていて当時の記憶をとどめていました。大震災後であったため、日本から来たと話すと、人々が温かい励ましの言葉とともに深い同情の念を示してくれたことが今も忘れられません。)

報告:岩崎正太

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