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【報告】「当事者研究の現象学-べてるの家の人々と現象学の出会い」ほか

2011.04.14 石原孝二, └イベント報告, 池田喬, 朴嵩哲, 科学技術と社会

2011年2月前半に、UTCP「科学技術と社会」プログラムに関わるメンバーおよびその他の希望者が北海道を訪れ、各所で、講演、討論会、見学、ワークショップなどを集中的に行った。以下では、三つの催しについて報告する(2月6日と7日については池田が、2月9日については朴が報告する)。

(1) 2月6日札幌市の喫茶・NPO法人「楽しいモグラクラブ」での講演「自閉症の脳科学:歴史と現状」(NPO法人「楽しいモグラクラブ」主催)
(2) 2月7日浦河町総合文化会館で行われた「浦河べてるの家」メンバーとの討論会「当事者研究の現象学-べてるの家の人々と現象学の出会い」(浦河べてるの家+UTCP主催)
(3) 2月9日北海道大学でのワークショップ「発達障害者支援における専門職の役割と倫理2」(北海道大学大学院文学研究科応用倫理研究教育センター、科学研究費補助金プロジェクト主催))

(1)2月6日「自閉症の脳科学:歴史と現状」(NPO法人「楽しいモグラクラブ」主催)

 札幌駅から地下鉄で駅二つに位置する「楽しいモグラクラブ」は、もともと不登校や引きこもりの人々の居場所として2001年に開店した喫茶店である。その後、2004年にNPO法人となり、喫茶だけでなく、ホームページ作成などの業務も行っている。今回は、この場所で、石原孝二UTCP事業推進担当者による講演「自閉症の脳科学:歴史と現状」が行われた。
 講演会では、自閉症研究の歴史と現状について、哲学・倫理学の視点から紹介された。会場の参加者の多くは専門家でなかったこともあり、自閉症に対する脳科学のアプローチは新鮮で興味深いものと映ったようだった。ただし、社会脳研究は知育・教育産業における新たな「脳神経神話」を生むのではないかなど、懸念事項も話題になった。
 講演会の後では、当NPO理事長の平田眞弓さんが「楽しいモグラクラブ」の活動について色々と教えてくださった。どうもありがとうございました。

(2)2月7日UTCP×浦河べてるの家 討論会「当事者研究の現象学—べてるの家の人々と現象学の出会い」@北海道浦河町総合文化会館アートホール(社会福祉法人浦河べてるの家+UTCP主催)

 翌日は、統合失調症を中心とする精神障害者の「当事者研究」で有名な「浦河べてるの家」を訪問した。午前中は、べてるの家メンバーによる当事者研究ミーティングなどを見学し、午後は、UTCPのメンバーとべてるの家のメンバーによる討論会「当事者研究の現象学——べてるの家の人々と現象学の出会い」が行われた。べてるの家の当事者研究についてはすでに数多くの書籍があり、ご存知の方も多いかと思う。設立者の向谷地生良氏の著書『安心して絶望できる人生』から引用するなら、当事者研究とは、「精神科の病気を抱えながら、爆発をくり返したり、幻聴さんにジャックされたりして、色々なエピソードが起きてしまったとき、「研究」という切り口で楽しく仲間とそのメカニズムを考えたり、対処方法を研究したり」する営みである。専門家による診断や、薬による治療とは異なり、当事者が「自分自身で、共に」問うこの営みは、ジャーナリズム、教育界、社会学などの学者界からも注目を浴びてきた。ただ、「哲学」の研究者が当事者研究に注目するケースはあまりなかったように思われる。今回の討論会は、哲学、特に現象学と当事者研究の関係を討論会の形式で探るかつてない試みと言える。
討論会には、町内外から多くの人が訪れ、会場は一杯だった。司会を向谷地氏が務め、UTCPからは、まず、石原孝二事業推進担当者、私、朴嵩哲共同研究員が順にパワーポイントによる発表を行い、また、立石はな特任研究員が口頭で議論に加わった。
 石原(発表タイトル「当事者研究の現象学?」)は、当事者の主観的な体験の共有としての当事者研究とフッサール的な意味での現象学との親近性をまずは示した。その上で、現象学は「経験の不変の構造」を捉えようとする以上、当事者研究がフッサール的な意味での現象学になるには、当事者研究によって分析される経験の意味と構造を精神障害の普遍的な理解へとフィードバックするプロセスの方法論的確立などが必要であることを指摘した。その他方で、当事者を独特な現象学的実践として捉え直すことで標準的な現象学の見方に変更を迫ることができるとも語った。

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 私(発表タイトル「当事者研究と現象学研究」)は、当事者研究から哲学・現象学の「研究」とは何かが様々にわかってくることを論じ、その発表は「現象学の見方の変更」に触れる内容となった。当事者研究と哲学・現象学研究は、本当に研究(あるいは学)と言えるのかと一般に疑われやすい。それでも共に「研究」を自称する。この発表では、この場合の「研究」の意味を理解するには、両者が研究の「共同性」への視座が必要であることを論じた。つまり、研究する主体とは、当事者研究と同様、現象学的に言えば、時空的に特定される個人ではなく、むしろ相互主観的であり、しかも、この研究者共同体は諸科学のような専門家集団ではなく、現象学的に問うすべての人に開かれている。個人や集団の独断に陥る危険をいかに避けるかという問題自体が研究実践の本質部分をなしていることに現象学が厳密な学を自称する根拠があるが、この点は、当事者研究がまさに「研究」ということで実践している事柄にほかならない。(この報告では詳細を書けないが、その内、詳論したい)。

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 朴の発表「認知神経科学と当事者研究」は、現象学ではなく、認知神経科学と当事者研究の関係に関心を寄せた。主観的な体験を生み出した脳過程を特定しようとする場合、その前に主観的な体験の内容を明らかにする必要があるという論点から、認知神経科学は当事者研究を無視できないことが指摘された。そして、実際に、幻聴がどういう体験であるのかについて統合失調症当事者との間で質問と回答が行われた。また、立石は、べてるの家の活動と浦河町の地域住民の反応や関係について質問し、べてるの家のメンバーがよく訪れる図書館の職員の方などから回答を得た。

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 討論会の後や交流会でも参加した多くの当事者に話しかけられ、質問を受けたり、議論をすることができた。印象としては、参加者たちは非常に話をよく聞いていて、的が絞られた質問をふってくる。日頃からの当事者研究の実践によって培われた共同知への洗練された構えを感じた。また、討論会、懇親会、各施設の見学など、べてるの家のスタッフの方々は完璧なオーガナイズをしてくださった。どうもありがとうございました。
(以上、池田喬)

(3)2月9日 ワークショップ「発達障害者支援における専門職の役割と倫理2」@北海道大学(北海道大学大学院文学研究科・応用倫理研究教育センターおよび科学研究費補助金基盤(B)H21~24「専門職倫理の統合的把握と再構築」(代表:新田孝彦)主催)

 北大で行なわれたワークショップでは、発達障害支援における専門職の役割と問題点について当事者、支援者、医学研究者、哲学者が専門家としてのそれぞれの視点から意見を述べた。(なお本ワークショップでは、UTCP事業推進担当者の石原孝二がオーガナイザーを務めた。講演者は以下の通りである。加藤潔(札幌市自閉症・発達障がい支援センター「おがる」副所長)、平田眞弓(NPO 法人「楽しいモグラクラブ」理事長)、菊地啓子(アスペルガー症候群・高機能自閉症の女性の会「カモミール」代表)、田中康雄(北海道大学大学院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター教授)、石原孝二。)
「当事者の視点と専門家の視点」発表や総合討議における質疑応答などから感じたのは、当事者のニーズにあう支援がまだ不十分であるということだった。その理由は、そもそも当事者の本当のニーズを把握することが難しいからではないかと思う。その点では、医学的な診断はあまり頼りにはならず、診断名が与えられたからといって、当事者が抱える生活上の問題がただちに明らかになるわけではない。診断によって、かえって支援者たちの判断がステレオタイプ化してしまうこともあるだろう。しかし、医学的診断は、誤解されがちな当事者たちの認知の特徴を伝え、支援に方向性を与えるものになるかもしれない。だが、当然、当事者にも個性があり、異なる生活環境と人間関係の中にいる。したがって、どんなに研究が進んでも、診断だけで具体的な支援の方策が決まることはない。そうだとすると、支援者と当事者は、医学的診断を指針にしつつも、対話と試行錯誤を続けながら、徐々に関係を構築していくしかないのだろう。
(以上、朴嵩哲)

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