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【UTCP Juventus】安永麻里絵

2010.09.23 安永麻里絵, イメージ研究の再構築, UTCP Juventus

【UTCP Juventus】は、UTCP若手研究者の研究プロフィールを連載するシリーズです。ひとりひとりが各自の研究テーマ、いままでの仕事、今後の展開などを自由に綴っていきます。2010年度の第23回はRA研究員の安永麻里絵が担当します。

 昨年のJuventusでは、私が研究している美術館における展示史、という分野について紹介させていただきました。展示「史」というからには歴史学の一領域に属するわけですが、しかしこの問題は、けっして現在の私たちの美術体験に無関係のものではありません。それは、「アート」という特殊な文化的産物が多様化を極める今日において、多くの問題を示唆してくれます。

さて本題に入る前に、次の二枚の写真をご覧ください。これらはいずれも、最近私が訪れたとある展示室の様子を写したものです。「どちらが美術館の展示風景で、どちらが博物館の展示風景でしょうか」と質問されたら、皆さんはどうお答えになりますか。

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おそらく多くの方が、一枚目が美術館、二枚目が博物館、と思われるのではないでしょうか。実はこれら二つの展示は、いずれも大阪国立民族学博物館で現在行われているものです。一枚目は特別展「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」展の展示室のひとつを写したもので、二枚目は常設展示室の、2009年3月にリニューアルされた西アジア部門の一角、「花嫁の部屋」と題された展示です。(いずれも筆者撮影)

もし一枚目の写真を見て「これは美術館を写したものだ」、と考えられたとしてもそれはあながち間違いではありません。このような白い壁にひとつずつ展示物を配し美しく照明を当て、ひとつひとつの展示物の鑑賞を誘う展示手法は、「ホワイト・キューブの展示」と呼ばれ、近代以降の美術館で最も多く採用されているものだからです。他方、二枚目の写真のような展示は、博物館でしばしば用いられる手法で、様々な事物が実際の生活の場でどのように使われるのかを想像できるように構成されています。(このような展示手法は一般に「再現展示」と呼ばれます。)ではなぜ、「エル・アナツイ」展では、民族学博物館であるにもかかわらず、美術館のような展示手法が採られたのでしょうか。

この展覧会のメイン・キュレーターを務められた川口幸也氏は、カタログに掲載された論文のなかで、今回の展覧会では、展示室の一部で「現代美術を展示するべくホワイトキューブを再現する」と述べておられます。そして、それは単に民族学博物館を近現代美術館に「変身」させることを意味するのではなく、民族学博物館という場でいわばホワイトキューブそれ自体の再現展示を構成することで、「ホワイトキューブや近現代美術館という展示の仕掛けに対するある種の批評」を試みるものである、と説明されています。エル・アナツイ氏は、ガーナ出身でナイジェリアに活動拠点を置く現代アーティストで、欧米の美術界からも高い評価を得ており、ヴェネツィア・ビエンナーレに出品されたほか、パリのポンピドー・センターにも作品が所蔵されています。彼の作品には、彼がインスピレーションを得たガーナやナイジェリアの伝統文化、ナイジェリア大学で受けた欧米流の美術教育の知識、現代美術の動向に対する目配り、そしてアフリカという場所に対する彼の眼差しとつながりとが、複雑に織り込まれています。彼の個展開催にあたって、川口氏をしてこのような画期的な展示の試みに踏み出させた背景には、「アフリカ美術」をめぐって展開されてきた、美術史学と文化人類学・民族学の間の複雑なせめぎあいの歴史があります。

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【『彫刻家エル・アナツイのアフリカ―アートと文化をめぐる旅』展の展示風景、大阪国立民族学博物館、筆者撮影】

そのせめぎあいが先鋭化した契機となったのが、1984年にニューヨーク近代美術館で開催された『20世紀美術におけるプリミティヴィズム―「部族的」なるものと「モダン」なるものとの親縁性』と題された展覧会でした。この展覧会は、マティスやピカソといった20世紀の西欧近代美術の巨匠たちが、20世紀の初めにアフリカやオセアニアの造形物から多くのインスピレーションを得た、という美術史上の重要な出来事を取上げたものでした。しかし、アフリカやオセアニアの造形物を「部族的」なるものとして、「モダン」アートと併置したこの展覧会は、文化人類学者から厳しい批判を浴びせられることとなりました。その批判の矛先は、非西欧の事物をもっぱら色や形といった造形的な観点からのみ捉え、それを以って両者の間に「親縁性」があるとし、仮面を初めとする非西欧の事物が本来持っていた宗教や儀礼といった文化的背景を捨象している点に向けられました。また、アフリカやオセアニアを、あくまでも「原初的」な場所として、その現在性を無視した点も問題視されました。

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【『20世紀美術におけるプリミティヴィズム』展の広告:「どちらが原初的?どちらがモダン?」とある】

この展覧会に対抗して1989年にはパリで『大地の魔術師』展という展覧会が開催され、「現存する」アフリカやオセアニア、アジアのアーティストの作品50点が、欧米の著名な現代アーティストの作品50点と並べられました。しかしこの展覧会も、非西欧圏のアーティストとして選ばれた作家たちの多くが現地ではいわゆる民衆造形の担い手であったことから、あくまでも西欧の優位性を保持しようとした恣意的な選択がなされている、という批判にさらされました。

これら二つの展覧会は、とりわけ「アート」という制度そのものがグローバルなものとなった時代において、「アート」をどのように語るべきか、という問題を突きつけたのです。対象となるものが非西欧圏に属する場合、問題は自然と複雑化していきます。第一に植民地主義という歴史が孕む支配‐被支配の構造があり、のみならず、かつて被支配の立場に置かれていた多くの場所や文化はすでに西欧化の過程を経て、「アート」という制度を多かれ少なかれ内に取り込んでもいるからです。そしてなおかつ、そうした西欧化を経てもなおそれぞれの土地に息づく固有の文化や風土があることもまた事実だからです。

そのような状況下で現在、川口氏の言葉を借りれば展示という「仕掛け」を通じて何かを提示しようとするときには、それに対してどのような学術的手法によって接近し、どのような言葉でそれを語り、そして、どのような展示空間のなかにそれを置くか、ということが常に問われているのです。それは、冒頭に挙げた二枚の写真が、美術館的展示空間と博物館的展示空間とを見る人におのずと判別させてしまうほどに、ある種の定型的な展示空間のイメージが流通している現代においては、とりわけ重要な意味を持つといえるでしょう。そして、例えばエル・アナツイという一人の作家を、美術史学、文化人類学、歴史学といった複数の視点から捉えようとするこの展覧会の試みは、こうした問題や背景に対する積極的で果敢な取り組みであると確かに言えると同時に、その取り組みのためにアナツイという作家を動員したのではないか、という厳しい問いに常に答え続けなければならない責務を負うこととなるのです。

私が現在主たる研究対象としているフォルクヴァング美術館は、まさにアフリカやオセアニアの造形物が西欧近代の芸術家たちによって「アート」として発見された時代に、それを如何に展示するか、という問題に取り組んだ美術館でした。二代目の館長を務めたカール・ヴィートは、とりわけ文化人類学と美術史学のはざまで苦悶した美術館人でした。彼は非西欧の事物がもつ、自身の文化にはない異質な造形物の備える美にどうしようもなく惹かれながら、同時に、それらを土地の文化や宗教、歴史と切り離すことを戒め、そのなかから理解しようと努めた人でした。彼のそのような試みと、彼がどうしても越えることのできなかった壁とは、わたしたちに、他者と、他者の文化、あるいは「アート」という代物とどのように向き合うか、という問題の再考を促してくれるように思います。それは翻って、自文化といかに向き合うかという問題を同時に問いかけてくるものです。

大阪国立民族学博物館の吉田憲司氏は、やはり文化人類学と美術史学、あるいは美術館と博物館とがはらむせめぎあいに対する深い洞察から、『アジアとヨーロッパの肖像』展を構成されました。この展覧会についてお話いただいたUTCPレクチャーのタイトルに、氏は「多声的」という言葉を掲げられています。展示というある語りが、あるいは研究というある語りが、いかに多声的たり得るか、あるいは足りえないのか。その臨界は、どこにあるのか。それが私の研究のひとつの視座となっています。

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【大阪国立民族学博物館常設展示室:イントロダクションとして、「これは、何?」「似ている?それとも違う?」「違う?それとも似ている?」「これは道具?それともアート?」の四つの質問を投げかける展示がなされている。写真は四つ目の展示。キャプションには「椅子 民族:ロビ コートジボワール共和国 2007年収集/椅子〈ラダー・バック・チェア〉 チャールズ・R・マッキントッシュ作 グラスゴー イギリス 2006年制作(原作1903年)」とある】

(※特別展『彫刻家エル・アナツイのアフリカ』展の展示風景写真は、撮影許可を得た作品のみ撮影しています。)


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