Blog / ブログ

 

【報告】Workshop “Brain Science and Ethics”

2010.05.18 信原幸弘, 筒井晴香, 吉田敬, 中澤栄輔, 朴嵩哲, 小口峰樹, 脳科学と倫理

2010年3月23日に中期教育プログラム「脳科学と倫理」の最後の催しものとして,オーストラリアのメルボルンでワークショップ “Brain Science and Ethics” を行いました.

100323_Melbourne_Photo_01.jpg

今回のワークショップの開催にかんして,フローリー脳神経科学研究所のニール・リーヴィさんに協力してもらいました.リーヴィさんは2009年7月にUTCPで連続講演会「Neil Levy Seminar Series」をしていただいた方で,脳神経倫理学の分野で非常に評価されている研究者のひとりです.

100323_Melbourne_Photo_02.jpg

ワークショップは以下のようなプログラムで行いました.これまで中期教育プログラム「脳科学と倫理」で活動してきたメンバーがそれぞれ自分の研究テーマについて発表を行い,議論をしました.

Yukihiro Nobuhara (UTCP)
     Is it possible to read the mind from the brain?
Eisuke Nakazawa (UTCP)
     Memory manipulating technologies and the idea of authenticity
Kei Yoshida (UTCP)
     A neuroeconomic approach to pathological gambling
Mineki Oguchi (UTCP)
     Ethical considerations for neuromarketing: The problems of pseudoscience and consumer autonomy
Boku Sutetsu (UTCP)
     The concept of mental disorder: The DSM and ICD's concept and current debates
Haruka Tsutsui (UTCP)
     Neuroethics of sex/gender: The "male/female brain" discourse and sex/gender in our society
Neil Levy (Florey Neuroscience Institutes)
     Consciousness and Moral Responsibility

今回のワークショップは中期教育プログラム「脳科学と倫理」の総括という意味をもちますが,たんにそれだけではありません.「脳科学と倫理」の成果は2010年度から始まる中期教育プログラム「科学技術と社会」に引き継がれ,脳神経倫理学も今後いっそう精力的に取り組んでいく予定です.このようなわたしたちのこれからの活動にとっても,リーヴィさんおよびフローリー脳神経科学研究所との研究協力は重要だと思います.今回のワークショップはそうした継続的な研究協力体制の構築という観点から,とても有意義なものでした.

100323_Melbourne_Photo_08.jpg

以下にUTCPから参加した若手研究員のコメントを掲載したいと思います.

ここまで 中澤栄輔(UTCP特任研究員)
ここから 各参加者のコメントです.

まず,わたし中澤栄輔はMemory manipulating technologies and the idea of authenticity というタイトルで,記憶を消去しようとする技術とauthenticity(ほんものさ,真正性,本来性)との関係について発表しました.オーセンティシティという概念を倫理的基準としてできるだけ明確にしていこう,というのが発表の趣旨です.詳しくは『脳科学時代の倫理と社会』(UTCP Booklet 15)にあります「記憶の操作と〈ほんもの〉という理想」(⇒ダウンロード)をご覧いただけると幸いです.

100323_Melbourne_Photo_03.jpg


吉田敬(UTCP特任研究員)

「脳科学と倫理」教育プログラムの皆さんとオーストラリア・メルボルンに行き、昨年七月に招聘したニール・リーヴィさんのいるフローリー脳神経科学研究所で発表してきました。南半球のメルボルンは季節としては夏の終わりから秋の初めといったところで、日陰に入ると涼しく感じますが、まだまだ日差しも強く、日本とは正反対と言って良いほどの気候でした。他の参加者の皆さんもそうだと思いますが、私にとっても初めての南半球でしたので、期待を持って参加しました。行ってみて驚きでもあり、不思議でもあったのは、メルボルンの街並みがかつて私が暮らしていたカナダのトロントとさほど違いが見受けられなかったことです。もちろん、生息する樹木や生物など細かい違いを色々挙げることはできますが、街並みに関して言えば、メルボルンには、イタリア系移民がもたらしたと思われるエスプレッソを提供するカフェが多くあるのに対し、トロントには、大手コーヒーチェーンが軒を連ねるということを除けば、これといった違いがなく、本当に自分は南半球のメルボルンにいるのだろうか、と自問することもありました。これが世界のグローバル化が進んだことによるものなのか、あるいは、オーストラリアとカナダが共に、イギリス連邦に属することに由来するものなのか、ということについては何とも言えませんが、遠く離れた二つの都市の類似性は私にとって意外なものでした。

さて、私は、"A neuroeconomic approach to pathological gambling"という題名で発表を行いました。基本的な議論は3月に刊行された、『脳科学時代の倫理と社会』に掲載の「病的賭博への神経経済学的アプローチ」
(⇒ダウンロード)に基づいたものですが、そこで扱った、日本の現状について、補足しながら、発表を行いました。質疑でも色々なことが話題になりましたが、嗜癖の神経科学的メカニズムについては私自身まだよく分かっていないこともあり、参考になりました。

これまで、二年半の間、『脳科学と倫理』プログラムの一員として、脳神経倫理学を研究してきましたが、その締めくくりとなるのが、今回のメルボルンでのワークショップというのは、感慨深いものがあります。というのも、このプログラムはリーヴィさんの著書、Neuroethicsを読むことから始まり、私のUTCPでの最初の仕事はそのゼミの英文ブログ報告を書くことだったからです(⇒報告「セミナー1: リーヴィを読む」)。その意味で、このプログラムはリーヴィさんに始まり、リーヴィさんに終わる、と言っても差し支えないと思います。脳神経倫理学については、「科学技術と社会」プログラムの中でも継続されていきますので、リーヴィさんとの交流も続けながら、今後も研究を進めたいと思います。

100323_Melbourne_Photo_04.jpg


小口峰樹 (東京大学科学史・科学哲学(当時))

私はブックレット『脳科学時代の倫理と社会』に寄稿した拙論「ニューロマーケティングに関する倫理的考察―疑似科学化と消費者の自律性」に基づいて発表を行った。発表では、ニューロマーケティングの動向や特徴をまとめたうえで、疑似科学化と自律性侵害という観点から、それに対して懸念される社会的・倫理的問題に関する考察を行った。

続く質疑応答では、疑似科学化の問題を扱うことの妥当性を問う質問や、発表のなかで紹介したサブリミナル効果に関する近年の研究に関する質問などが提起された。前者は先日の合評会の際にも提起された問いであり、問題構成に説得力をもたせるために議論の構成の仕方に工夫が必要であったとの思いを強くさせられた。

最後に行われたリーヴィ氏の発表は、価値を傾向性の束として捉える見方など、触発される論点の多い刺激的な内容だった。今回のワークショップをオーガナイズして下さったリーヴィ氏に改めて謝意を表したい。

100323_Melbourne_Photo_05.jpg


朴嵩哲(UTCPリサーチアシスタント)

「精神障害」は、精神鑑定やスティグマの問題など、プラクティカルな問題に関わるためぜひ明らかにしたい概念である。今回の発表では、米国精神医学会編集のDSMと世界保健機関(WHO)編集のICDという統計・診断マニュアルにおける精神障害の一般的定義について批判的な検討を加えた。それらにおいて精神障害は、「機能不全」を含むものとして定義される。そこで、三つの生物学的機能の概念に照らして「機能不全」の意味を確定しようと試みた。しかし、どの機能概念をとるにせよ、「機能不全」による精神障害の定義は深刻な問題を抱えており、診断カテゴリーの導入や除外の是非を考えるための信頼できる基準として役に立たないという指摘をした。

討論では参加者の方々から幾つかの論点を提示していただいた。今回は精神障害を一般的なかたちで扱ったが、今後は、個別の精神障害と責任との関係や精神鑑定の問題へと考察を広げていきたい。

100323_Melbourne_Photo_06.jpg


筒井晴香(東京大学科学史・科学哲学)

筒井の発表 “Neuroethics of sex/gender: The “male/female brain” discourse and sex/gender in our society” は2009年9月の日本神経科学学会での研究発表、そして2010年3月に刊行されたUTCPブックレット15に掲載の論文に続き、性や性差に関する脳神経倫理学をテーマとしたものである。今回は前述の論文の内容に加筆・再構成を行って発表した。

脳神経倫理学において、性や性差は正面から取り上げられることの決して多くないテーマである。反面、性は個人個人の生活や経験に様々な仕方で深く関わることがらであるといえよう。そのためか、このテーマで発表する際には強い関心のこもった反応を頂くことが多い。今回の議論では、特に、脳の性差に関する通俗的言説の背後にある政治的関心、「男女の違い」に応じた区別の必要性・有益さとその弊害などが話題となった。

100323_Melbourne_Photo_07.jpg

Recent Entries


  • HOME>
    • ブログ>
      • 【報告】Workshop “Brain Science and Ethics”
↑ページの先頭へ