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【UTCP on the Road】旅の力(西山雄二)

2010.04.04 西山雄二, UTCP on the Road

私はUTCPには第一期の21世紀COE最終年度から参加していたが、第二期への準備段階ではその事務作業に本格的に携わることになった。結果的に、UTCPは文科省のグローバルCOEプログラムとして継続採択され、第二期が2007年9月に始動する。そのとき、小林康夫・リーダーから一般研究員とは異なる特任講師職への就任を依頼され、第二期UTCPの運営や事務の仕事を担当することになった。東京大学出身でもなく、さほどブリリアントな研究者ではない私がこのような職に命じられることは「恩寵」にほかならないと思った。この職がなければ、実際、その次年度からフリーターに近い生活状態になっていただろう。だから、この召命に背くことがないように、初日に頂いた任命通知書を鞄の奥底に入れて、毎日持ち歩くことにした。

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「人文学、とりわけ哲学の現在形と未来形をいかなる制度として実現すればよいのか」――これがUTCPが取り組み続けている重要な問いにほかならない。人文学の研究教育の領域横断的な可能性を国際的な次元でいかに発展させていくべきか。東京大学の既存の組織ではなしえなかったこうした理念を、UTCPは具体的に着実に実現してきた。UTCPは何よりも教員と若手研究者のチームワークが抜群で、年間120本程度の国内外の大小のイベントが実に適切に運営されてきた。その発展する姿を日々目の当たりにすることで、学問に従事するためのより強い信念を抱くことができるようになった。

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UTCPにおいて、国際的な学術交流の仕事に携わることができたことは、一生涯の貴重な財産になるだろう。パリ・国際哲学コレージュとの「哲学と教育」(全3回)、韓国・延世大学との「政治的思考の地平」「人文学と公共性」「批評と政治」、韓国・研究空間スユ+ノモでの「人文学にとって現場とは何か?」、アルゼンチンでの「バリローチェ国際哲学会議」「大学の哲学 合理性の争い」、アメリカとフランス各地での映画「哲学への権利」上映・討論会など、実に数多くの機会に恵まれた。UTCPでは、著名な先生による一度限りの御説御拝聴ではなく、対等で継続的な国際交流の確立を目指している。実際、私は数々の国際的イベントを通じて、十年後も共同で思索を深められるであろう友たちに出会うことができた。

自然科学とは異なり、人文科学研究においては共同作業は必ずしも必要とはされない。人文学は人間の精神活動を個々の人間が問い直す反省的な営みであり、ひたすらテクストを読み、テクストを書くという孤独が人文学の基本をなす。むしろさまざまな類の孤独を保持することによって、人文学の研究成果は蓄積されてきたとさえ言える。だが、ひたすらテクストを読み、テクストを書くという孤独のなかにあっても、世界の何処かにいる友との喜悦と信義を絶やさぬようにしたい。距離を介したこうした友愛のうちに研究活動の生命がもっとも瑞々しい仕方で宿るのだから。

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UTCPでは若手研究者に自由な研究の機会を与えているが、私が主宰した短期教育プログラム「哲学と大学」では充実した成果をあげることができた。この共同研究の目的は、各哲学者の大学論を批判的に考察することで、哲学と大学の制度や理念との関係を問い直すことである。若手中心で構成されるこの共同研究は5回の研究会とシンポジウムおよびワークショップを実施し、その成果を論集『UTCP叢書3 哲学と大学』(未来社、2009年)として刊行した。このときの中心的メンバーによる課題によって、本年平成22年度の科学研究費補助金が採択され、共同研究が継続される運びとなった。〔基盤研究(B)(H22~24年度)「啓蒙期以後のドイツ・フランスから現代アメリカに至る、哲学・教育・大学の総合的研究」(研究代表者:西山雄二、研究分担者:大河内泰樹、齋藤渉、藤田尚志、宮崎裕助)〕次期は、研究対象を独仏啓蒙期および現代アメリカの動向に拡充させることで、近代の端緒とポスト・モダンという相反するようにみえる二つの時代において、哲学、教育、大学をめぐる問いを総合的に考察することになる。

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UTCPとの連携によるむしろ個人的な活動になるが、2009年度は哲学の映像作品化に専念し始めた年だった。1983年にジャック・デリダらがパリに創設した半官半民の研究教育機関「国際哲学コレージュ」をめぐる初のドキュメンタリー映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」を製作し、巡回上映をアメリカ、日本、フランスと継続してきた。マスコミなどでも報道されて反響を呼び、現在までに26回の上映がおこなわれ、のべ約1700人が会場に足を運んだことになる。3月末にはUTCP主催で出演者2名を招聘して、節目となる総括的討論会を開くことができた。映画は作者であるはずの私の統制を大きく踏み越え、それ自体で現場をつくりだす底知れぬ力がある。数多くの人々の力を惹きつけ、多様な情動を生み出しながら、映画はこれからも旅を続けていく。

映画HP(映画の概要、上映情報、報告など)⇒ http://rightphilo.blog112.fc2.com/

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UTCPでは、各人が自分の専門分野、自分の使用言語を越えて、さまざまな学問、さまざまな文化、さまざまな人々に耳を傾けることを強いられる。学生から教員まで、あらゆる人々が自己の彼方へと誘われるのだが、しかし、これこそが学問の本源的な力ではないだろうか。それは、他者の声を聞きとる耳を涵養すると同時に、自らの耳を他者の耳へと変容させることだろう。

「哲学は何の役に立つのか、何の意味があるのか」という問いに対して、誰もが納得する形で答えることは困難だ。そうではなく、哲学に関しては、「どんな情動を得ることができるのか」と問うべきだろう。哲学は意味や有用性を導き出すというよりも、むしろ、批判的な思考でもって、生きることの立体感を提供する。哲学がもたらす情動は、知らないことを知りたいという知性の旅をうながし、生きることの方向性を示唆するものである。

UTCPでの数多くのイベント(出来事)では、他者の耳でもって、数々の情動を得ることになる。それは、つねに変わり続ける風景のなかで、新たな友(あるいは/かつ敵)と遭遇し、旅をし続けるかのような経験だった。旅と思索と経験をいかなる仕方の研究教育として遂行すればよいのか。UTCPでの活動を終え、こうした旅の力への信が私のなかに残されたのだった。

末筆になりますが、UTCPの活動を担ってきた、小林康夫・拠点リーダー、中島隆博・事務局長、立石はなさん、中澤栄輔さん、そして若手研究員のみなさんに心より感謝申し上げます。UTCPという日本におけるもっとも活気ある先鋭的な人文学の研究拠点を離れることは、実はとても心残りなことでもありますが、新天地での研究教育活動に心と力を尽くします。

西山雄二

西山雄二のUTCPでの活動履歴 ⇒ /blog/nishiyama_yuji/

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