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イギリス出張記―Fieldwork in London Workshop’09

2009.10.09 金原典子

8月28日から10月5日まで、UTCPからの出張としてイギリスで修士論文のポスター発表と現在の研究のためのフィールドワーク及び今後の研究計画の発表を行わせていただきました。

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Fieldwork in London (FiLo) Workshop ’09

9月18日Regents Collegeにおいて、ロンドンでフィ−ルドワークを行う研究者と大学院生のためのワークショップが開かれ、Anti-Social Behaviour as Experienced by Migrants from Algeria in London*と題する修士論文のポスター発表を行いました(修士論文についてはUTCP Juventus 第25回で紹介しております)。主催者は、ロンドンを拠点としてフィールドワークを行う研究者や大学院生を対象としたオンラインのネットワークFieldwork in London (FiLo), Institute of Contemporary European Studies (iCES),そしてUniversity of Sussexでした。ワークショップは、人類学者であるダニエル・ミラー教授(University College London)とジョーン・イード 教授(Roehampton University)による講演に始まり、講演に関する議論、ロンドンでフィールドワークをする際の問題点やFiLoの方向性についての意見交換、そして参加者のポスター発表という順で進められました。

ミラー教授は、London Nowhere in Particular というタイトルの講演で、ロンドンでは人々が自分の出身地またはナショナリティを気にせず生活することができ、なんの変哲もないデニムを着る人が多いことがその象徴だと述べられました。先生は、従来の人類学者のようにナショナリティの枠組みにより研究対象を定めるのではなく、デニムを着る人々すべてを対象にフィールドワークを行うことで、ロンドンに集まる人々の特殊性を見出そうと試みておられました。この発表に対し私は、政府やメディアにより“Algerian”というナショナリティのラベルでひとくくりにされ「テロの脅威」として警戒されるアルジェリア出身の男性がロンドンにも存在する、と自分のポスターを基にコメントしました。これに対しミラー教授は、ロンドンの警察は人々のナショナリティを意識しているのではなく「犯罪者らしい格好」、例えばフードをかぶって歩くなど、をしている人々を取り締まりの対象とすることが多いのではないか、と述べられました。

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ジョーン・イード先生の発表は、From Imperial Capital to Global Cityと題され植民地期から20世紀半ばの移民到来期、そして現在までの“religion”の持つ社会的な意味の変化、特にロンドンの移民の人々が政策において“faith”をもとにグループ化されていく過程について話されました。興味深かったのは、イギリス国内のスンナ派ムスリムが、政府の要請に伴って「クリスチャン化」してきているという点です。イギリス政府は、それぞれの宗教を信仰する人々から「代表者」を出すことを求めてきましたが、このような考え方はムスリムの人々には無かったはずだと先生はお考えです。つまり、政策においてのこのような「代表者」の要請は、キリスト教の階級制度を反映しているというのです。このような社会状況を意識してか、私の研究対象であるタブリーギ・ジャマーアトというイスラーム信仰復興運動の人々も、教会のような形のモスクを建てようとしている、と先生はおっしゃいました。また、イギリスの公共政策では “religion”ではなく、“faith communities”を使用するということですが、“religion”, “faith,” “community”の持つ意味の変化を、植民地制度や公共政策の背後にある思想が与えた影響を考慮して調べる必要性を感じました。

イード教授と私の関心は近いので先生にポスターとその基となっている論文へのコメントをいただきました。イード先生は、長年インドとイギリスでバングラディッシュ出身の移民の人々の間でフィールドワークをされてきました。特に宗教的活動とナショナリティの関係について及び移民のトランスナショナルなアイデンティティ・ポリティクスについて研究されてきました。先生によれば、私の論文は一見するとムスリムであるアルジェリア系の移民男性と彼らを取り締まるロンドン首都警察との「文明の衝突」を映し出すようなフィールドワークのデータを提示しているけれども、このような二項対立的な見方では解決できない問題の複雑性に触れている点に意味があるとのことです。しかしながら、宗教と国家をめぐる問題を扱うならば、それぞれの国の社会的・政治的制度や国家の果たす役割をもっと詳しく描き出す必要がある、と言われました。また、なぜそれぞれの国(アルジェリアとイギリス)を研究対象として選んだのかを明確に述べる必要があることも指摘されました。これらの点はこれからの研究にも共通して言えることです。

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ワークショップの後に参加者とベーカー・ストリート周辺のパブへ行きました。そこでお話をして興味深かったのは、熱心なユダヤ教徒とカトリック教徒であるお二人の先生が、イギリスやアメリカの人文社会科学者(特に人類学者)から信仰があるという理由で異なる種類の人間だと思われていると感じていることでした。このような人文社会科学者の軽蔑的な態度が信仰についての学術的な言説にも反映しているのではないか、と感じました。

フィールドワーク

ロンドンとオクスフォードで今後の研究のための調査を行いました。博士課程では、地縁ではなく信仰に基づく人的ネットワーク及び「共同体」意識がいかなるものであるのかを、「正しい」イスラームの実践を伝道することを目的としたタブリーギ・ジャマーアトという世界規模のイスラーム信仰復興運動に参加する若年女性を対象として考察する予定です。

タブリーギ・ジャマーアトの人々はムスリムの人々に対してだけ伝道活動を行い、インターネットではなく口伝えで情報交換を行う為、ムスリムでない私はこの運動に参加している人々と知り合うのに苦労しました。ロンドンでタブリーギ・ジャマーアト専用のモスクへ行ったのですが、門番に「ここは女性の来る場所ではない。ムスリムの夫を連れて戻ってくるように」と追い払われてしまいました。泣きながら入れてもらおうとしたのですが、ジャーナリストかスパイではないかと疑われ中へ入れてもらうことができませんでした。このモスクは2012年開催のオリンピック競技場に隣接し、一万人以上を収容することができるように建て直すことが計画されています。しかし、地元の住人や教会から反対運動が起こっていて、メディアによく取り上げられています。

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ロンドンのモスクで知り合いを作るのには失敗しましたが、オクスフォードでこの運動に参加しているマレーシア人の大学院生と知り合いになり、彼女を通して他の知り合いを増やすことができました。オクスフォードとロンドンの二箇所で、予言者ムハンマドや彼の弟子の言行(スンナ)について学ぶタリームという小さな集会に参加し、20代前半から30代前半の女性数名にインタビューを行いました。インド系のイギリス人女性が多かったのですが、その他にマレーシア人や、ケニヤやビルマ出身のインド系移民の人々にも出会いました。ロンドンのモスクの門番の男性は、「タブリーギ・ジャマーアトの女性は何もしない」、と言いました。しかし、私の出会った女性たちは、毎週タリームに参加しており、職業もオクスフォード大学の大学院生、ロンドン大学の大学生、高校のイスラーム教の教師、主婦など様々でした。

私がテーマにしようとしていたウンマ(ummah)という概念は、「イスラーム共同体」や“Muslim community”と訳されることがありますが、今回話したタブリーギ・ジャマーアトの女性たちにとって、この概念はムスリムだけではなく世界中のすべての人間を含めた共同体を意味していました。彼女たちによれば、自分たちは常によいムスリムであることを心がける必要があり、その精神を他のムスリムに伝道することにより世の中すべての人々に貢献することができるそうです。タブリーギ・ジャマーアトの人々が非常に内向きであり、ムスリムでない世の中の人々に無関心であるという指摘がイギリスのジャーナリストからありますが、私の出会った女性はムスリムでない人々を含めたすべてのウンマから学ぶことがあると言っていました。 そして、この学びのために彼女たちは、子供をおいて夫または男兄弟と海外へ伝道活動に出かけます。

彼女たちは自分達が「タブリーギ・ジャマーアト」である前に、「ムスリム」であることを主張しました。つまり、彼女たちはタブリーギ・ジャマーアトであることに拘りがあるわけではない様でした。「テロとの戦い」の影響もあり、テロリストを生み出し、女性に自由を与えないムスリムというステレオタイプ的な説明がしばしばなされていますが、彼女たちはこれを断固として認めませんでした。

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フィールドワークの結果と今後の計画をUniversity of Oxford Center on Migration Policy and Society のビャオ・シャング先生の前で発表したところ、先生は信者の数、出身地、経済的状況など基本的な情報を把握することがまず必要だと指摘されました。先生にとって特に興味深い問題点は、出身地、ジェンダー、社会的・経済的地位の違いを人々が信仰を通してどのように乗り越えているのか、ということでした。また、初めからウンマがどのように日常生活において体験されているのかを見ようとするのではなく、どのようにして人々がこの言葉を使っているのかを観察することに重点を置く方がよいとのことでした。現時点ではまだ必ずしも研究の焦点が定まっておらず、これから狭めていく必要があるが良い出発点であると言われました。

今回の滞在では、自分と関心の近い研究者やタブリーギ・ジャマーアトに参加する女性と知り合うことができました。この機会を今後の研究に生かしていきたいと思います。

(文責:金原典子)

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