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【UTCP Juventus】小口峰樹

2009.09.04 小口峰樹, UTCP Juventus

 2009年のUTCP Juventus第14回はRA研究員の小口峰樹が担当します。

 私はこれまで、知覚の哲学における「知覚内容の概念主義」に関する研究を中心に行ってきました。また、この研究と並行する形で、中期教育プログラム「脳科学と倫理」グループにおいて脳神経倫理学に関する研究も行っております。昨年までの研究内容については2008年夏のJuventus記事をご覧ください。以下では、昨年からこれまでにかけての研究内容に関して、最初に知覚の哲学に関する研究、ついで脳神経倫理学に関する研究という順番で述べてゆきたいと思います。

1 知覚の哲学――知覚内容の概念主義

 知覚は心と世界との紐帯をなすものとして、古来より哲学における根本的な問題領域のひとつであり続けてきました。知覚の哲学をめぐる問題は多岐にわたりますが、1980年代以降、それはその一局面において知覚内容に関する「概念主義」および「非概念主義」をめぐる論争として姿をあらわし、知覚の哲学における主要な争点のひとつとして、現在に至るまで活発な議論を巻き起こしています。

 当該論争はその出発点を、知覚内容を概念的な思考内容とは異なる「非概念的なもの」として特徴づけたG・エヴァンズの著作『指示の諸相』(1982)にまで遡ることができます。これに対し、知覚経験の内容を「概念的なもの」とする概念主義は、現代を代表する分析哲学者の一人であるJ・マクダウエルの著作『心と世界』(1994)をその嚆矢としています。私はこの概念主義を自らの立場とし、これまでの研究においてその理論的な解明および擁護を試みてきました。昨年以降は主に、概念主義の経験的な基盤に関する探究を行っております。

 しばしば指摘されるように、マクダウエルの概念主義は思弁的な色彩の強いものであり、認知科学や脳科学が心的内容に関して挙げている近年の諸成果を等閑視する傾向があります。それゆえ、それらの成果を積極的に取り込もうとする非概念主義に比べ、他の経験諸科学との整合性ないしは協働性という点でリサーチ・プログラムとしての魅力を欠くことにならざるをえないと言えるでしょう。この問題点を克服するためには、概念主義の経験的基盤に関する問題を解明することが不可欠です。

 私はまず、この課題を、アルヴァ・ノエが『行為のなかの知覚』において提唱している「感覚運動アプローチ」を批判的に検討し、それに対する代替案を提示するという形で遂行しました。ノエは当該著作において、「知覚内容は感覚運動技能によって構成されている」という説を提示し、様々な経験的知見を用いてその説に対する擁護を試みています。これに対して私は、“Is Perception Enactive?: Constitutivism and Conceptualism about Perceptual Content”(in The Proceedings of The 3rd BESETO Conference of Philosophy)において、認知神経科学の領域においてD・ミルナーとM・グッデールが提唱している「知覚の二重経路モデル」(『行為における視覚脳』(1996))を援用しつつ、ノエの主張とは逆に、知覚内容は感覚運動技能から一定の距離を置いて成立しているという批判を行いました。さらに私は、二重経路モデルがもつ含意を展開することで、知覚内容はむしろ、運動制御とは無関係に感覚刺激の分類処理を行う「認識的技能」にこそ構成的に依存しているという説を提示し、加えて、認識的技能は概念能力の一種として認めることができるということを論証しました。以上の議論は概念主義に対して一定の経験的基盤を与えるものであるとともに、それをさらに経験的に検証可能な理論へと発展させてゆくための道筋を示すものであり、私は現在もこうした方向から研究を継続して進めております。

2 脳神経倫理学――心を読解し操作する技術

 私は上記の知覚の哲学に関する研究に加え、脳神経倫理学に関する研究も行っています。本研究では、特に、脳神経科学の知見や技術に基づいて、心を読解し操作しようとする社会動向がもつ倫理的問題に焦点を合わせて検討を行っています。

 「心を読解する技術」(マインド・リーディング)に関する研究成果は、昨年刊行された「『究極のプライバシー』が脅かされる!?――マインド・リーディング技術とプライバシー問題」(信原幸弘・原塑編『脳神経倫理学の展望』、染谷昌義と共著)において発表されました。

 その後は、「心を操作する技術」(マインド・コントロール)に焦点を移して研究を継続しています。特にここでは、近年急速に進展しつつある「ニューロマーケティング」に焦点を合わせ、それがどのような意味でマインド・コントロールの問題へと繋がりうるかを明らかにするともに、そこで発生が懸念される自律性侵害の問題について検討を行っています。本研究の最終的な成果は2009年度中に出版される脳神経倫理学の専門論文集(UTCPブックレット)に掲載される予定です。

 これらの研究に加えて、私は侵襲性概念に関する倫理的分析も行っており、その成果はUTCPブックレット第八巻『エンハンスメント・社会・人間性』に所収の拙論「侵襲性概念の脳神経倫理学的検討」において発表されています。本研究では、侵襲的介入が倫理的懸念を引き起こすとされる背景にある「健康リスク」、「自然性侵害」、「人格侵害」の三つの問題を分析し、侵襲性概念は医療的・非医療的介入に関する有効な倫理的基準をもたらすものではないという指摘を行いました。

 以上のように、私は知覚内容の概念主義を中心的な研究対象としつつ、その成果を活用して脳神経倫理学の分野においても考察を続けております。また、昨年の研究内容に記載した「実験哲学」に関しても、UTCPの他のメンバーとともに心理統計に関する勉強会を行い、今後の展開へ向けた準備を着々と進めております。

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