Blog / ブログ

 

【UTCP Juventus】内藤まりこ

2009.09.03 内藤まりこ, UTCP Juventus

2009年のUTCP Juventus第13回は特任研究員の内藤まりこが担当します。

これまでの研究活動については昨年のJuventusで記事にしましたので、ここでは現在の活動内容を書かせていただきたいと思います。

【博士論文】
現在、まとめている博士論文では、和歌、連歌、歌謡とよばれる詩的言語を〈うた〉装置として捉え、他の表象との関わりを明らかにすることで、日本中世における〈うた〉の創作の機能を考察しています。

貴族社会で創作された和歌とよばれる詩的言語においては、勅撰和歌集の編纂が顕著な例であるように、歌の配置に天皇を中心とする権力の階層秩序が構造化されているといわれます。一方、『古今集』仮名序には、歌の創作が「色好みの家」(真名序には「好色の家、此を以て花鳥の使と為し、乞食の客、此を以て活計の謀と為す」)において行われていることを歎く一節がみられ、歌の創作が民間においても実践されていたことがうかがえます。ただし、民間で創作された歌の多くは口承の場で創作され、一回的な出来事として、書き留められることなく消えていったと考えられます。〈うた〉装置とは、このような失われた歌の創作の広がりを捉えるために、通常、異なるジャンルとして区別される和歌、連歌、歌謡とよばれる詩的言語を包括するものです。

和歌、連歌、歌謡とよばれる詩的言語は、それぞれが異なる表現機構をもつため、従来の研究では、同じ機能をもつ詩的言語としては捉えられてきませんでしたが、これらを〈うた〉装置として捉えることで、他の創作行為へと連結し、新たな意味へと生成変化する機能を見出すことができます。
たとえば、通常、短連歌は、和歌から連歌への移行期に派生したと説明されますが、猿楽や傀儡子などの芸能において行われる言葉の掛け合いの実践に接続する可能性があります。短連歌と芸能との連接を見通すことで、この詩形式が民間に広く実践されていた〈うた〉装置であったと考えられるのです。
また〈うた〉装置は、その他の創作世界とも接続しています。たとえば、鹿は古くから〈うた〉のテーマとされてきました。『新古今集』に代表されるように、〈うた〉の創作では、鹿の鳴き声を幽遠な山奥の情景に結びつける連想の回路がみられます。しかし、こうした抒情とは別の、獲物としてまなざされた鹿をよむ〈うた〉も創作されていることはあまり知られていません。このような獣の目線で詠まれた〈うた〉は、狩猟世界へと接続し、人を獣に接合させているのです。

〈うた〉装置は、猿楽や傀儡子などの芸能、狩猟、さらには作庭や建築など職人の世界に接続します。私は、このような〈うた〉装置に、社会=文化=政治システムの階層的な秩序を撹乱し、更には新たな秩序の連続体を編成する可能性を見出します。近年、歴史学から、制度としての職能を通して日本中世の社会構造を捉え、これまで歴史の表舞台にあらわれなかった創作者たちに光を当てる研究が行われています。こうした研究を踏まえつつ、制度として固定的に捉えられる職能の働きに対して、詩的想像力を通じて秩序を流動化させ、新たな認識の布置を構成する〈うた〉装置の働きを考察することで、韻文、文学といった領域に留まらない、社会=文化=政治システムを新たに記述することができると考えています。

【出版物】
博士論文の一部が、「歌つくりの方法論」として、以下の論集に掲載されました。
『日本文学からの批評理論—アンチエディプス・物語社会・ジャンル横断』
ハルオ・シラネ、藤井貞和、松井健児 編
笠間書院、2009年8月
http://kasamashoin.jp/2009/07/post_1038.html
utcp_hyoshi.jpg
【目次】
はじめに----「日本文学からの批評理論」への招待
◎イントロダクション
日本文学、文化の記憶、権力(ハルオ・シラネ)
◎アンチエディプス----精神分析の変容
物語のアンチエディプス----寺山修司・谷崎潤一郎・『源氏物語』(木村朗子)
夏目漱石『こゝろ』におけるセクシュアリティと語り(キース・ヴィンセント)
薫型コンプレックス----『源氏物語』の思想(藤井貞和)
兄妹愛とインセスト----中上健次「秋幸三部作」をめぐって(イヴ・ジマーマン)
◎物語社会----歴史をどう語るか
換喩から提喩へ----『剣巻』における歴史の形象(セリンジャー・ワイジャンティ)
歴史の外典か戦争機械か?----清盛のカブロと空間、噂、放浪の問題(デーヴィッド・バイアロック)
〈顔〉が生成する真名本『曾我物語』----〝曾我〟〈兄/弟〉の非対称的物語(高木信)
振動する非自己----村上春樹の「コミットメント」とトラウマ(深津謙一郎)
◎ジャンル横断----異なるものたちとの出会い
受動化する身体、見出される風景----漱石、谷崎、乱歩における「遊民」たち(生方智子)
〈紫のゆかり〉と物語社会の臨界----『源氏物語』を世俗化/マイナー化するために(安藤徹)
歌つくりの方法論(内藤まりこ)
風景和文の形成----『源氏物語』の空間の成立(松井健児)
◎解説
日本文学からの批評理論(藤井貞和)
◎あとがき
発見すること、発信すること(松井健児)

【発表】
横浜の建築家たちのフォーラムで話します。(クローズド)
「area 045 横浜の建築家:よい家を作りたい人たちに発信する情報フォーラム 」@三溪園(横浜)
http://www.area045.com/
「さまよえる鳥の飛び立つ場所—詩(うた)と庭との交響圏」
三溪園の庭から生み出されたタゴールの詩に導かれながら、詩(うた)が生み出される場所としての庭の歴史を古代まで遡ります。

Recent Entries


↑ページの先頭へ