Blog / ブログ

 

UTCP2008年度の活動終了―人文学にとってEvent(出来事)とは何か

2009.03.31 西山雄二, UTCP

本日をもってUTCPの2008年度の活動がすべて終了しました(本ブログ末尾に2009年1-3月の活動記録を掲載)。登壇して発言された方、直接会場に足を運んでくださった方から自宅でウェブ・ページを閲覧している方に至るまで、2008年度のUTCPのイベントに「参加」していただいたすべての人々に心から感謝申し上げます。

090110_BESETO_S00_Opening_%284%29.jpg
SuyuTrans%25201%2529.jpg

UTCPでは年間を通じて国内外で実に数多くのイベントを実施している。大学の講義やゼミは登録された参加者によって、単位取得という目的のために、一定期間継続的におこなわれる。これに対して、イベントは基本的に一回限りで、不特定の参加者によって実施される。

大学での研究教育において、とりわけ人文学にとってEvent(出来事)とは何だろうか。

UTCPでは主に、夕方から夜にかけて開催される2時間程度のセミナーやワークショップがおこなわれることが多い。約1時間の発表の後、質疑応答の時間を1時間以上かけて十分にとるというスタイルが主流である。これは「相手の発表を聞くだけでなく、真摯な態度でこちらから対話をおこなうことこそが学術交流の本質」という小林康夫拠点リーダーの意向によるものでもある。

Ohnukia.jpg
nishiyama3_maruyamaa.jpg

イベントの参加人数はだいたい10-70名とかなり幅がある。通訳なしで英語やフランス語、中国語でセミナーを実施する場合には控え目な人数となり、また、一般向けの主題を扱うときには数が増えて100名を超える。参加者は大学生・院生が大多数だが、会社員など一般の方の参加も目立ってきている。

UTCPのイベントは原則的に事前登録なしで無料であらゆる人に開かれている。税金による運営である以上、必要な方が必要なイベントに足を運んでもらえるように、HPやメーリング・リストを活用してイベントを適宜告知し、その成果を写真付きでブログで報告している。毎回100人、500人の聴衆が来てほしいとは思わないものの、各イベント毎に適切な人々が適切な人数集まり、有益な議論がなされ、その成果が社会に効果的に還元されることが目指されている。それゆえ、各イベントの内容やスタイルと照らし合わせながら、聴衆の規模を想定しないのでもなく、また、過度に聴衆を集めようと背伸びするのでもなく、「適切に数を数えること」が重要となる。

081202_Kimura_Lecture_02a.jpg
DSCF07881a.jpg

UTCPのイベントは過度に入門的でも、過度に専門的でもない。「過度に入門的ではない」というのは、国際競争に資する卓越した研究拠点づくりという責務がUTCPには課せられているからである。他方で、「過度に専門的ではない」というのは、たとえば学会発表とは異なり、UTCPのイベントでは専門家だけが理解できる緻密な実証的発表よりも、「私たちが生きているこの時代を理解するための本質的な問い」を参加者が共有できるような論題が志向されるからである。

UTCPは文部科学省のグローバルCOEプログラムの枠で運営される5年間の研究教育組織である。学部や学科のような大学の既存の研究教育組織ではなく、むしろもろもろの学科を横断する形で大学制度の縁でUTCPは運営されていると言える。大学は研究と教育を柱とする公的な組織であるが、だとすると、UTCPでは研究教育の理念と効果を、講義やゼミではなくイベントという形で実践していることになるのだろう。

laicite3a.jpg
stoichita_03a.jpg
roy1a.jpg

人文学にとって学術的なイベントとは何だろうか。他の組織ではどのように運営されているのだろうか。どのような場づくりがおこなわれているのだろうか。こうした問いを現場の人々と共有したいという気持ちに突き動かされ、筆者と仕事上のお付き合いのある朝日カルチャーセンター新宿校とジュンク堂書店新宿店とで取材をおこなった。

*****

朝日カルチャーセンター

朝日カルチャーセンター(以下、ACCと略記)は創設35年の実績を誇る、生涯教育の草分けである。札幌から福岡まで全国13拠点で、教養、芸術、語学、工芸、健康と幅広いジャンルの講座や講演会が開講されている。新宿教室教養科の横井周子さんにお話をうかがった。

yokoia.jpg

参加者
ACCは関東圏で会員数約6万人で、新宿教室では1日あたりの受講者が約2,800人です。ジャンルも様々なので、たとえば実技や語学の講座は5-6名から、講義スタイルの講座ですと100名近くまでと人数や規模は大幅に異なります。哲学や思想関連の講座は15名から100名ほどのあいだです。参加者は会社員や主婦、定年後の人々が多いのですが、最近は学生料金を設けているので大学生・大学院生が増えています。

特徴
私たちが心がけていることは質の高さです。料金設定が高いので、それに見合うものを提供しようと努力しています。座席を座りやすくする、筆記が多いクラスなら机を広く、黒板はいつも綺麗に、といった環境のことから、一線の講師陣をお招きしての企画や講座内容まで。できるだけアクチュアルなテーマを、受講者にとっても講師にとっても心地よい環境で学び、教えていただくために配慮しています。受講者のレベルや問題意識も高いと思います。

参加人数
新宿教室の部屋は最大で100人程度のキャパにして、講師と受講者がお互いに顔を合わせることのできる空間を重視しています。100名というのは講師が顔を見渡せる範囲で、講師と不特定多数の関係が成立して、いい意味での熱気が感じられることも多いです。ただし、たとえば小説の創作クラスなどの場合は、どんなに多くても30名程度が限界ですね。100~300枚程度の小説が月2回の講座で毎回10作提出されると、講師もかなり厳しいからです。

営利企業という前提
ACCは研究教育機関ではなく、営利企業です。サービス業ですから、どんなに最先端で学問的に重要な内容であっても、受講者がついてこない新しすぎるテーマは提供しにくいです。また、講座には一種のエンターテインメント性も要求されます。「形のないものを求める受講生を集め、形のないものをもって帰ってもらうのは本当に難しい」、と日々実感します。

*****

ジュンク堂書店新宿店

都内の大手書店のいくつかでは、新刊の著者を招いてのトークイベントが適宜開催されているが、ジュンク堂書店新宿店もそのひとつである。売場の片隅にある喫茶コーナーが会場となり、週1-2回、夜1時間半のイベントが開催される。新宿店人文書担当の阪根正行さんに話をうかがった。

sakane.jpg

イベントの開催状況
喫茶コーナーで実施していますから、定員は予約制で30-50名程度です。ワンドリンク付き1000円なので、営業の観点からみれば厳しい収入ですが、価格は抑えています。店頭での掲示やHPでの告知、あとは出演者の口コミで聴衆が集まってきます。傾向として、小説家だとすぐに予約が一杯になり、哲学・思想系はやや控え目な数です。ただ、予約数が少なくてどうなるやらと心配するイベントも、当日になるとある程度の人数が集まってきて、これまでイベントが成立しないことはありませんでした。喫茶コーナーなので机は用意されていなくて、椅子のみです。勉強するというスタイルではなく、トークに耳を澄ませるためのカジュアルな空間になっています。

イベントの単発性
ジュンク堂書店は基本的に一回限りのイベントです。特定の作家に担当してもらって連続的な企画をおこなうこともあるのですが、しかし、各回ごとの予約制となっているので、連続で参加できるとはかぎりません。毎回、参加者の顔ぶれが変わり、会場の雰囲気が変わります。大学教師のように公的に語る機会のない人にそのような機会を提供することが書店イベントの特徴です。普段は生でお目にかかることのできない小説家や芸術家はもちろん、批評家や書評家、官僚の方にまで登壇していただきました。無名の若い書き手が当店でのイベントを経て知名度を獲得し、さらに活躍していくこともあります。

talk2.JPG

書物をめぐる一連のプロセス
当店でのイベントは該当書籍を当店で購入しなくても参加できます。ですから、イベントで参照される書籍を読んでいない方、読んだ方、これから読むであろう方が対象となります。トークイベントはいわば「書物への窓口」の役目を果たすんです。新刊が出版されて、トークイベントが企画され、書店のなかに関連書籍のフェアの棚がつくられ、イベントが実施されるという一連のプロセスがあって、そこに出版関係者、書店員、読者、参加者が関わるんです。

*****

首都圏では他にも、芹沢一也氏が主宰する「Synodos」セミナー、高円寺・素人の乱での「地下大学」、早稲田大学生協での「大学の夜」などで、人文学関係の催事が開催されている。人文系イベントの告知に関しては、ネット上では、「トラカレ!」のイベント掲示板や「河村書店」、「ウラゲツ・ブログ」などで、適宜有益な情報を得ることができる。

人文学のEvent(出来事)は驚くほどシンプルな条件下でおこなわれる。テクストがあり、登壇者の話があり、参加者からの応答があり、つまりは、その場で取り交わされる言葉を通じてのみEventが起こる。一般公開される各々のEventには見知らぬ人々が集い、忌憚なく討議がおこなわれる。そこで必要なのは豊富な知識や卓越した論争術であるだろうが、より根本的に言えば、何か真なるものを共に掴みたいという各々の信である。「自分が思うことを信じてもらうこと」、いわば信仰告白にも似た振る舞いが人文学のEventには要請されるのではないだろうか。人文学のEventはこうした参加者の信がなければ生起しないだろう。つまり、真理の探究のために、自分が思うことを信じてもらいたい、他者の思うことを信じたいという、ある種の無条件性なしには。

hands%20event.jpg

人文学にとってEvent(出来事)とは何か――差し当たり、安直に解答を記すことは差し控えておきたい。この問いを現場の方々と共有したという息づかいを、ただ、私的な沈思彷徨の中途の記録として書き記しておくことにしたい。

※ 取材に応じていただき、貴重な証言をしてくださった横井周子さん、阪根正行さんには心より感謝申し上げます。(文責:西山雄二)


【UTCP 2009年1-3月の活動記録】
(2008年4-12月の活動記録に関しては、2008.12.31のブログを参照してください。)

1)海外での国際シンポジウムの開催および参加
(計8回 UTCPメンバーによる参加のべ26名)

「人文学にとって現場とは何か?」@研究空間 〈スユ+ノモ〉、韓国
「政治的思考の地平」@延世大学、韓国
「Image as History」@オタワ大学、カナダ
「第11回社会科学の哲学円卓会議」@エモリー大学、アメリカ
「21世紀の技術哲学」@サイモンフレーザー大学、カナダ
「CUNY認知科学シンポジウム」@CUNY、アメリカ
「東西哲学の伝統における 「共生哲学」 構築の試み」@台湾大学、台湾
「共生と文化領域―東洋におけるフランス哲学」@台湾中央研究院、台湾

2)日本国内での国際シンポジウムの開催(3回)
The Third BESETO Philosophy Conference "Philosophy in the East Asian context: Knowledge, Action, Death, and Life"
Philosophy of Perception: Being in the World
「海域東アジアの近代エクリチュール」

3)日本国内でのシンポジウム・ワークショップの開催(2回)
「『多層・多様・多元』に向けて―中期教育プログラム報告会 (2008年度冬学期)」
「乳房はだれのものか」

4)海外研究者によるセミナー・講演会(のべ9回)
エディ・デュフモン、ダヴィデ・スティミッリ、ジョン・マラルド、ヴィクトル・I・ストイキツァ、サラ・ロイ、レザー・アスラン

5)国内研究者によるセミナー・講演会など(3回)
十川幸司、大宮勘一郎、大貫隆

6)中期教育プログラム(計4本)の活動概要

第1部門 「脳科学と倫理」(信原幸弘 担当)
昨年度に引き続き、脳科学と社会をめぐる哲学的・倫理的な問題を議論するために、「セミナー5: ハウザー(Marc D. Hauser, Moral Minds)を読む」を実施。さらにこのテーマを深めるため、信原幸弘・小口峰樹・筒井晴香の3名は3月にプリンツ教授(2008年7月に招聘)を訪ね、「CUNY認知科学シンポジウム」に参加し、研究発表を行った。若手研究者の主導による「エンハンスメントの哲学と倫理」プログラムでは活動の成果を『エンハンスメント・社会・人間性』(UTCP Booklet 8)として発表した。

第2部門 「時代と無意識」(小林康夫・原和之 担当)
歴史的時間性を実存者にとっての根源的な経験として考察し、実存と時間とがロゴスにおいて調停される「歴史の哲学」を探究するプログラム。精神科医・分析家の十川幸司氏、慶応義塾大学の大宮勘一郎教授の講演会がこのプログラムの枠内で行われた。また、3月にはパレスチナ問題の世界的な研究者であるハーバード大学中東研究所上級研究員サラ・ロイ氏を迎え、2回の講演会を行った。同じく3月には国際シンポジウム 「共生と文化領域―東洋におけるフランス哲学」を台湾・台湾中央研究院で行った。また、2008年7月に行ったMoishe Postone 連続講演会の成果を History and Heteronomy(UTCP Booklet 11)として出版した。

第3部門 「哲学としての現代中国」(中島隆博 担当)
3月に国際シンポジウム 「東西哲学の伝統における 「共生哲学」 構築の試み」を台湾・台湾大学にて実施。このシンポジウムは2008年7月に東京大学で行われたシンポジウム「共生のための中国哲学――台湾研究者との対話」と対をなすものであり、着実に東アジアにおける学術交流のネットワークが根づきつつある。第3部門の枠内で行われている「日本思想セミナー」も継続的に実施されている。1月にエディ・デュフモン (ボルドー大学) 「パロデイの精神―中江兆民の「歓喜の哲学」について」が開催されたほか、ジョン・マラルド(北フロリダ大学名誉教授)の2回のセミナー”The Promise of Japanese Philosophy I, II”を開催した。また、3月には今年度の日本思想セミナーの成果として Whither Japanese Philosophy? Reflections through other Eyes(UTCP Booklet 11)を公刊した。

第5部門 「世俗化・宗教・国家」(羽田正 担当)
世界全体で同時に生じている宗教復興の現象を分析し、近代国家の根幹をなす世俗化の原理との関係を考察することで、共生のための宗教の新たな語り口を模索するために2008年度から開始されたプログラム。学期中のセミナーでは、引き続き「世俗」「宗教」「国家」などの諸概念の成立が、西欧近代の時代経験や西欧と非西欧の歴史的緊張関係を踏まえながらテキストに即して検証された。また、第5部門と連動して、3月に第8回目のUTCPイスラーム理解講座としてレザー・アスラン(作家、宗教学者)“No god but God: The Origins, Evolution, and Future of Islam” を行った。また,2008年11月のボベロ氏招聘およびシンポジウム「21世紀国際ライシテ宣言とアジア諸地域の世俗化」の成果をもとに、羽田正の編集で日本語およびフランス語で、『世俗化とライシテ』(UTCP Booklet 6)およびSécularizations et Laïcités(UTCP Booklet 7)を刊行した。

7)日本思想セミナー(のべ2回)
ジョン・マラルド「日本哲学の約束」

8)イスラーム理解講座(1回)
レザー・アスラン“No god but God: The Origins, Evolution, and Future of Islam”

9)外国語コース
アカデミック・イングリッシュ(第3回BESETO哲学会議と関連して)

10)短期教育プログラム
「哲学と大学」、「歴史哲学の起源」、「エンハンスメントの哲学と倫理」、「イメージの作法」、「現代芸術研究」、「インターメディアリティへの接近」

11)共催イベント(3回)
「外からのフレーム: 若手外国人研究者による戦後日本映画比較研究シンポジウム」
Colloquium Internationale: declinationes philologiae
Tokyo Colloquium of Cognitive Philosophy (TCCP) 

12)出版物(単著、編著のみ計12冊。最近刊行されたCollection UTCP 6 および7、UTCP Booklet 7-12 に関しては、今後、本ブログにて順次紹介していきます。 )
Takehiko Hashimoto, Historical Essays on Japanese Technology, Collection UTCP 6, 2009.
Atsushi Miura, Histoires de peinture entre France et Japon , Collection UTCP 7, 2009.
羽田正編、中島隆博ほか、『世俗化とライシテ』、UTCP Booklet 6、2009年。
Masasi Haneda (éd.), Takahiro Nakajima et al., Sécularizations et Laïcités, UTCP Booklet 7, 2009.
信原幸弘、石原孝二ほか、『エンハンスメント・社会・人間性』、UTCP Booklet 8、2009年。
Yasutaka Ichinokawa et al.(eds.), Transaction in Medicine & Heteronomous Modernization. Germany, Japan, Korea and Taiwan, UTCP Booklet 9, 2009.
Yasuo Kobayashi et Yuji Nishiyama (éds.), Philosophie et Éducation II. Le droit à la philosophie, UTCP Booklet 10, 2009.
Takahiro Nakajima (ed.), Whither Japanese Philosophy: Reflections through other Eyes, UTCP Booklet 11, 2009.
Moishe Postone et al., History and Heteronomy, UTCP Booklet 12, 2009.
橋本毅彦『描かれた技術 科学のかたち―サイエンス・イコノロジーの世界』、東京大学出版会、2008年。
西山雄二編『UTCP叢書3 哲学と大学』未來社、2009年。
市野川容孝・小森陽一編『思考のフロンティア 壊れゆく世界と時代の課題』岩波書店、2009年。

(以上、活動記録作成 中澤栄輔、西山雄二)

Recent Entries


  • HOME>
    • ブログ>
      • UTCP2008年度の活動終了―人文学にとってEvent(出来事)とは何か
↑ページの先頭へ