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時の彩り(つれづれ、草) 030

2008.05.02 小林康夫

☆ 5月

ブログというものも不思議で、ちょっとリズムが狂うとなかなか書くに至らない。ハワイニューヨークの旅行から帰って休むまもなく新学期・新学年。どうもリズムが整わなかった。

で、咲き乱れ始めた駒場の躑躅の勢いを借りて、復帰(「原状回復」)することにしよう。その手がかりのために、それぞれのイベントはすでにみなさんが報告を書いてくれているので、この間のきわめて個人的なささやかな「幸福」のイメージを書きつけておくことにしよう。

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はじめて行ったハワイ、なんと言っても、身体をやさしく包むような、しかも変化に富んだその気候に驚いた。なるほど心に悲哀を抱えた人がよく出かけるのもむべなるかな。柔らかな雨が通りすぎると空には虹、そして見たこともない色取りの鳥たちがさえずりさざめく。ハワイ大のキャンパス内には日本庭園もあり、われわれのシンポジウムの会場となった韓国風の立派な建物もあるが、わたしが気に入ったのは、確か「サラ」と言ったのだと思うが、タイ王家が寄贈した金色の東屋。そこにごろんと寝転んで鳥の声を聞いている時間は至福だった。

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もちろんパークス先生との出会いも忘れられない。ベンヤミンのパッサージュ論にちなんだDVDをつくったそうで、いただいてきた(今度みんなで観よう!)が、わたしが「じゃ、ベンヤミンの作品のなかでいちばん好きなのはなんだ?」と意地悪な質問をしたら、しばらく考えて『一方通行路』と。意気投合。


ニューヨークでは今回はほとんど外に出なかった。メトロポリタン・オペラでは1日「トリスタンとイゾルデ」をやっていたが、その日はNYU側の会食が用意されていてあきらめ、しかも疲労も極限に達していて美術館に行く元気もなかった。

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ただ最後の夜に、昔行ったバートランドにジャズを聴きに行った。あまり期待もしないで行ったのだったが、ラヴィ・コルトレーンのクワルテット。演奏がはじまったとたんに、60年代の熱いジャズが戻ってきたというか、魂は震撼する。そう、みずからのうちにある苦しみに触れるというか、――まあ、老いの徴かと自嘲気味に思わないでもないが――こみあげてくるものはあった。そうしたら、なんとコルトレーンの息子だそうで、なるほど!存在を知らなかったので感激した。


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そして帰国して、4月そうそうに、マレーシアの詩人・モハンマド・ハジ・サレーさんとの対話。パントゥムという詩の形式を教えていただいたので、その場で即興でその形式で英語の文を書いてみたのは、まあ、愛嬌みたいなものか。そんな対話も楽しい。


そんな風にはじまった4月を、相変わらず駆け足で息切れしながら駆け抜けて、ようやく5月。今年は、68年5月革命の40周年記念で、われわれも5月14日に西山雄二さんにそれをめぐって発表をお願いしているが(どうぞ多数ご参加ください)、ちょうど40年前にこの駒場に入学したわたしとしても、確かに少なくとも2~3の「時代」は経験し、過ぎてきたのだと多少の感慨もないわけでもない。

「時代の無意識」の奥底に苦しみがあり、しかし同時に、その苦しみをやぶって湧出する「幸福」というものもある。それを指針として5月を生きる!
(なお、この文章、ところどころ4月30日のわたしの教育プログラム「時代と無意識」における森田さんのベンヤミンについての発表の影響を受けている)。

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