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1968年5月40周年

2008.05.10 西山雄二, Humanities News

1968年5月10日夜、パリの文教地区カルチエ・ラタンは、学生と労働者と警察や機動隊による戦闘状態に突入した。

夕方、高校生、大学生、労働者たちからなる2万人のデモ参加者は、道路封鎖と警官隊によってカルチエ・ラタンの狭い街区へと追い詰められ、武装した機動隊に包囲されていく。デモ参加者たちは弾圧の暴力から身を守るためにつぎつぎとバリケードを築き上げる。両者の対決を回避しようとソルボンヌ大学教授側と学生側の交渉が深夜におこなわれるが、活動家の追訴の中止、大学構内の警察の退去といった学生側の要求は認められなかった。

緊張状態は頂点に達し、戦闘が開始される。発射される5,000発以上の催涙弾とガス弾、応戦する学生の火炎瓶、警官や機動隊員のデモ参加者に対する容赦ない暴行……380人ほどの負傷者、460名の逮捕者を出し、180台もの自動車が破壊されたこの「バリケードの夜」はまさに革命前夜の騒乱だった。

バリケードの残骸、切り倒された街路樹、引き剥がされた舗道の敷石、散乱する公共ゴミ箱、横転し破壊された自動車、ビラやポスター、落書きが施された街角の壁・・・パリはかくして、騒然とした風景の中で眠りにつく。1968年5月、フランスは夜明けの見えない革命的な夜の深みへと沈みゆくかのようだった。

  文明は脂肪だ。「歴史」は挫折する、神は、神を欠落させたまま、
  もう私たちの疑い深い壁を飛び越えず、人間は人間の耳もとで唸り、
  「時」は道を間違え、核分裂は進行中だ。それから何が?  ―ルネ・シャール

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  旅行者は反逆するパリのやさしさと優雅さを知るだろう。 ―ジャン・ジュネ

フランスの68年5月は、第二次大戦後、西欧先進国で生じた唯一の全国規模での社会的叛乱であり、フランス史上最大のあらゆる階層の労働者によるゼネストであった。ただ、5月の出来事をめぐっては、右派左派の双方から、当時の活動家など当事者から、研究者や作家、ジャーナリストからつねに多種多様な解釈が提起されてきた。68年5月は第二次世界大戦中のナチス・ユダヤ人虐殺への加担や泥沼化したアルジェリア独立戦争と並んで、フランス現代史の意味や方向性を根底的に規定し、フランス社会の現在をつねに動揺させる震源地であり続けている。

フランスの68年5月は同時代的な60年代の世界情勢、とりわけヴェトナム反戦意識の高揚のなかで生じたものであり、世界史的な視点を欠かすことはできない。とりわけ、イマニュエル・ウォーラステインが「1968年の異議申し立ては世界システムの内容と本質に関わる革命だった」という定式を1988年に発表して以来、68年は世界史を画する同時多発的現象として立体的に分析される対象となっている(『ポスト・アメリカ』藤原書店、参照)。例えば、糸圭秀美はこうした視座に即して、『革命的な、あまりに革命的な』(作品社)、『1968年』(ちくま新書)などの著作を通じて、日本の68年に重厚な考察を加え続けている。

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先月刊行された藤原書店の季刊誌『環』vol.33(特集:世界史のなかの68年)においても、日本の68年と世界の68年を多角的に問い直す論考と当時を生きた人々の証言とが掲載されている。とりわけ、アラン・バデュウがフーコーやデリダらの偉大な哲学的世代へのオマージュを感慨深げに語るインタヴュー「68年とフランス現代思想」は興味深い。彼はサルコジ新政権による「68年の清算」運動をネオリベラリズムの隆盛と絡めて批判しつつ、68年の政治思想の新しさを紡ぎ出そうとする。反動的な時代にあって「戦略的に楽観主義者」でありたい、と告白する老バデュウの姿に読み手は比類なき孤高を感じざるをえない。

また、世界史的な視点からの68年の解釈に関して言えば、板垣雄三のインタヴュー「68年の世界史」も重要である。板垣氏によれば、68年の意味は67年6月の第三次中東戦争から考えなければならない。67年の中東を時代の転換点に据えることで、ヨーロッパ中心史観や「冷戦」的世界観では把握しえない世界史の動態が見えてくると言う。67年と68年の連関を思考することは、さらに、ヨーロッパ思想と中東問題の関係を考察し直すことにつながるはずだ(UTCP研究員の早尾貴紀氏はこの困難な課題と格闘し続けており、その一連の成果である著書『ユダヤとイスラエルのあいだ』〔青土社〕を上梓されたところである。UTCPではこの労作をめぐる書評会が開催される)。

1968年5月から40年――世界史的な視野を踏まえて、5月の出来事とはいったい何だったのか。また、フランスにおいて、68年5月の出来事はどのような集合的記憶を形成してきたのだろうか。そして、グローバル資本主義が世界を席巻する現在、68年5月の意味をどのように考えればよいのだろうか。(文責:西山雄二)

「1968年代」の残光―〈68年5月〉の歴史化と抵抗
2008年5月14日(水)16:20-18:30
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階 コラボレーションルーム2
発表者:西山雄二 (UTCP) コメンテーター:小林康夫 (UTCP)
(入場無料 事前予約不要)

UTCPワークショップ「ユダヤとイスラエルのあいだ」
2008年5月27日(火) 18:00-20:00
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階 コラボレーションルーム2
コメント:國分功一郎 (高崎経済大学)、勝沼聡 (UTCP)
リプライ:早尾貴紀 (UTCP)
(入場無料 事前予約不要)

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