(出版当時に読んだときには、そうは感じなかったのだが、いま読み返してみると、この論集はある意味では、二十世紀の芸術文化運動を貫いた「前衛」――ジャン=フランソワよ、この言葉は「いやな言葉」だとわざわざ括弧で断っているあなたの「心」がよくわかる!――への「最後の弁明」であるかのように思われて少し胸が痛む。すなわち、一九八九年の前年だ!、時代の大きな転換の「切迫」のなか、なにものかへの「最後の抵抗」。そこになにかしら、魂の苦さのようなものが感じとられるのは、たんに、わたしが老いたということなのかもしれないが。)