そこでは、わたしは「システムの思考」とそれに回収されないまま「残り」続ける「人間の思考」とをとりあえず分けたうえで後者の根拠を問う、という仕方で問題を考えていたのだが、原稿を書きながらリオタールの「非人間的なもの」が、レミニサンスのように戻ってくるのを感じていた。