こうして「神学的-政治的断章」というわずか二頁にも満たないような、しかも書かれた年代もはっきりと確定できないようなベンヤミンの小さなテクストを読むという小さな括弧あるいは(「メシアが出入りする」とベンヤミンなら言うかもしれない)小さな門を閉じて、われわれの「時代」のほうに戻るとするなら、そこでわたしが言いかけていたことはわれわれの「時代」はすでにまるで多穴性のスポンジのように、無数の、無名の「世界の終わり」に穿たれているということであった。