人間の歴史が終わりに近づいているという感覚は、確かにこれまでの歴史のなかでもつねにあったであろうし、いや、それはほとんど――「進歩」という奇妙な理念が「歴史」という観念を植えつける前のことを考えればなおさら、いや、「進歩」が発明された後にもそれに神学的な影のようにつきまとう――「歴史」の常数とでも言うべきものであった。